新年のご挨拶 今は想い出






平成24年1月1日、新年明けましておめでとうございます。



昨年は天地真理さんのデビュー40周年の年に当たり、東京都内で祝賀会が執り行われ、更には真保さんの決心により、天地真理ファンクラブの創設、全国的なファンの集いの開催、等々、天地真理さんにとって華々しい躍進の年となりました。

幸いに、私もデビュー40周年祝賀会に参加させていただき、真理さんの元気な姿にお会いすることが出来ました。今年平成24年は、新春から古賀ミュージアムでの集いへの参加も予定されており、昨年以上の活発な活動が期待されます。これからどんな活動が真理さんにとって可能なのか、これから皆さんとお話ができればと期待しているところです。




一方、私個人について申し上げれば、3月11日に起こった東日本大震災に際し、2度に渡って被災地へお邪魔して、微々たる内容ながらお手伝いをさせていただきました。日本国民を襲った未曾有の出来事であったことそして、福島、宮城、岩手という自分の住まいから近距離での被災であったことから、将来に悔いを残さないよう、出来ることをやろうとの思いからボランティアという参加方法をとりましたが、結局は国単位の膨大な災害に対し、自分の無力を感じた次第です。

天地真理さんの再評価を目指す活動については、このブログの創設から3年が経過し、マンネリ化のために嘗ての情熱が失われつつある昨今ですが、彼女のアルバムに沿ったご紹介をとにかく最後まで、という自己満足的な目標のために頑張っています。「天地真理の歌の世界」という看板を掲げながら、その内容は個人的過ぎるというご批判をいただいていることは十分に承知しておりますが、私としましては観たまま感じたままを記事にするというこのスタイルで今後も進めて参りたいと思っております。




さて、そんな年の瀬に放映された特別番組を幾つか観る中で、幾つか心に残る番組がありましたので、稚拙ながらご披露申し上げたいと思います。

私が年末に観たNHKの番組は次のようです。

たけしアート☆ビート大博覧会

旋律よ“殿堂”に響け ピアニスト・辻井伸行 自作曲に挑む


同じようにご覧になった方も多いとは思いますが、その概要を私が一言でお伝えすることは不可能に近いので、お知りになりたい方は、上の青い文字をクリックしていただくとNHKのページまでジャンプします。





さて、私がどうしてこれらの番組を採り上げるかと言えば、それは一つには’ピアノ’という楽器が天地真理さんに繋がること、そして、80年代に天地真理さんと「ひょうきん族」で共演していたビートたけしさんとのコラボの可能性を感じたからです。


まずはビートたけしさんについて

正直に申し上げて、80年代より前のビートたけしさんは私にとっては余り良い印象はありませんでした。「常に突拍子もないことをやる破壊的なお笑い芸人」そんなイメージの彼でしたし、天地真理さんが共演するにも、真理さんのイメージを壊すのではないかと心配さえもしていました。

審査員   ひょうきん歌謡大賞

(当時の「ひょうきん族」出演映像は残念ながら削除されていました。ここに掲載しましたのは「ひょうきん歌謡大賞」で審査員として出演した際のものです。若き日の島田紳助さんや明石家さんまさんらと共演する真理さんの歴史を感じさせますね。)



しかし、彼の経歴を改めて調べてみますと、確かに70年代は毒舌を主体にして、自分を世に出すためにもがき苦しんでいる時代でありました。しかし、80年代に入ると少し芸風を変えていきます。’漫才ブームを生き残ったたけしは、自身のスタイルを大きく転換させる。毒舌家というパブリックイメージはそのままに、ネタに依存する消耗度の高い喋りを捨て、パーソナリティを軸とした芸風に移行していく’とWikipedia にあるように「元気の出るテレビ」「オールナイトニッポン」等の人気番組が始まるなど、今のビートたけしさんの形ができつつあるのが80年代でした。そんな中での「ひょうきん族」でしたので、天地真理さんが参画したのは一つのチャレンジであったのだと今思います。

映画「座頭市」での世界的な評価を始めとして、世界のたけしという名声は不動のものとなっています。


一方の辻井伸行さんに関する番組では、即興でビートたけしさんにピアノ演奏をプレゼントし、それはそれで感動を持って賞賛されるのですが、ある作曲家に弟子入りして、それまでの左手から生まれる溢れんばかりのメロディに頼るのでは優しいばかりで強さが足りないとの指摘を受け、右手の主旋律に重きをおいた即興を試みます。これまでの自分の作風と全く違う手法での挑戦にもがき苦しんだ上に、アメリカのカーネギー・ホールでの演奏公演を成功させました。それはまたひとつの感動のドラマでした。




そんなお二人を具体的にどうやって天地真理さんと繋げようというのかと言えば、ビートたけしさんはひょうきん族での共演の縁から、今度はお笑いでなく、一つをランクを上げて対談という形で共演する可能性はないのだろうか、そして、辻井伸行さんとは、ピアノという接点を通じて、ピアノ競演という形でコラボの可能性はないのだろうか、そんなことを考えた次第です。

デビュー40周年祝賀会に参加させていただき、天地真理さんご本人の歌唱力の復活を願うことは、もしかするとかなりの険しい道のりかもしれません。そうであれば、歌と同じようにお得意のピアノでのコラボ、そして、ご自身のひょうきんさでのコラボを模索するのも天地真理さん復活の手ではないでしょうか。そんなことを考える新年の幕開けです。





さて、今回の締めくくりに一つの曲をご紹介したいと思います。

先に話題にでました「俺たちひょうきん族」の番組は1981年5月頃から始まったそうです。その頃の真理さんは1979年に3年の休業の後に復活し「愛・つづれ織り」そして1980年の「初恋のニコラ」などを発表しましたが、売上低迷のために1981年から始まった「俺たちひょうきん族」への出演を開始したものと思います。

この番組への出演の2年後の1983年には、天地真理さんとしての最後の作品である「私が雪だった日」を発表するに至ります。今回はそのB面にある「今は想い出」をご紹介したいと思います。


作詩:山川啓介
作曲:網倉一也
編曲:石川鷹彦

セピアの街角に 春が香りだすと
今もあなたの顔が声が あざやかよ…



今回は mari1fan さんの作品をお借りしてのご紹介です。






如何でしたでしょう? まさに天地真理さんの歌手人生を振り返る機会を与えてくれるこの曲ですね。

なお、この曲は2010年4月18日に一度お届けしています。お時間のある方は、こちらにもお越し下さい。下の青い文字をクリックしていただくとジャンプします。

平成22年4月18日 今は想い出








今回は2012年の初めに当たり、久しぶりに自宅でゆっくりと時間を過ごしている中で、頭に浮かんだことを気ままに書かせていただきました。



次回は昨年から宿題となっている、第1幕の後半から

「ミニヨンの幻想」

「初めての涙」

をお届けして参ります。皆さま、引き続きお付き合いのほど、よろしくお願い致します。






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