夏を忘れた海




【 通算228号 】


5月4日、本日のお題は、夏を忘れた海




アルバム単位で、真理さんの曲をご紹介する今回の企画、今、1976年6月1日発売のアルバム『私は天地真理』について、ご紹介しています。



この真理さんの12枚目のアルバム私は天地真理の表裏表紙と、収録の構成は次のようです。

lp_12_20120413001436.jpg


A面
1 水色の恋
2 童話作家
3 「いちご白書」をもう一度
4 春の風が吹いていたら
5 夏を忘れた海
6 お嫁においで
7 矢車草


B面
1 ひとりじゃないの
2 若葉のささやき
3 ふたりの日曜日
4 なごり雪
5 ウイスキーの小瓶
6 哀しきマリオネット
7 告悔
8 オー・マリヤーナ
9 矢車草(アンコール)





本日のご紹介は「夏を忘れた海」です。


この曲は、プレミアムボックスではDISC9の5番に当たります。





この曲に感激された方、もっと天地真理の世界を堪能したい方はこちらのサイトでプレミアムボックスをお求めになれます。


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ソニーミュージック「プレミアムボックス」購入ページ





皆さま、2012年のゴールデンウィークをどのようにお過ごしでしょう?

4月28日から始まった大型連休も今日で7日目。連続9連休というリッチな方も、私のように飛び石で後半2日目の方も、今日も含めて残すところあと3日ですね。

当初、今度のゴールデンウィークにはあれもこれもやろうと考えていても、いざ近づいてみると全国至るところの観光地はどちらも混雑、混雑という前情報で折角の予定も頓挫して私のように自宅でゆっくりと過ごされる方も多いのではとお察し致します。

実際、私の場合は兼業農家ゆえ、田植えの準備に奔走する毎日で、唯一の楽しみは早めに野良から上がり、夕飯前に風呂に入り、曲がった腰を伸ばしながら、大音量で真理さんの曲を心ゆくまで堪能する機会が得られることです。




久しぶりのこの記事、今回はアルバム『私は天地真理』の中に収録されたコンサートの定番曲「夏を忘れた海」です。

この曲についてはこのブログの中でも既に3度ほどお届けしております。とりあえず列挙させていただきます。





2010.01.01 第8号 2010年の新年に当って

2010.11.30 第108号 「あすへのメロディー」にて

2011.07.28 第168号 「天地真理オンステージ」にて





お時間の許せる方は、上記の3つの記事へもお立ち寄りいただきたいのですが、自分でこれらの記事を読み直してみて今思うことは、よくもまあ大胆に、恐れ知らずに、いい加減な記事を書けたものだなあ、ということです。

それは2010年当時の私はまだファンに復帰して1年も経たない頃ですので、天地真理さんの作品に対する知識が相対的に乏しく、一応は調べた上で記事にしてはいるのですが、未だそれぞれのアルバムの中に深く入り込んだ経験がなく、浅はかな知識で書き並べているのを読むとお恥ずかしい限りなのです。

でも当時は今とは違う熱い情熱がありましたので、いただくご批判ももろともせずに突き進んでいた姿は自分でも苦笑いの対象です。




さて、それでは今回の作品のご紹介アルバム『私は天地真理』の中での「夏を忘れた海」をどのようにご紹介して参ろうかという点ですが、やはり6種類ほどある天地真理さんの歌唱シーンを聴き比べていただくのが一番率直でよろしいのではないかと思うのです。手抜きのようで恐縮なのですが、それほどに2010年11月30日にお届けした第108号の記事は充実していると思うのです。

2010.11.30 第108号 「あすへのメロディー」にて




お時間の無い方のためにその記事を要約しますと次のようです。


① 「明日へのメロディ」でのオリジナル録音版
② 1979年の再録リリース版
③ 9枚目のLP「天地真理オン・ステージ」で歌われた、ギター弾き語りバージョン
④ 12枚目のLP「私は天地真理」で歌われた、ピアノ弾き語りバージョン
⑤ 1974年8月 スタジオ23というテレビ番組からの収録(こちらは Youtube に足をお運び下さい)
⑥ 1975年4月に中野サンプラザでのリサイタルで披露された、別歌詞バージョン



これら6つの歌唱シーンでは、大きく分けて2つのバージョンがあることがお分かりいただけるでしょうか?その2つとは、.........


<オリジナルバージョン> 上記のうち、①③④⑤番がこのバージョンです

 作詞:安井かずみ
 作曲・編曲:森田公一
 
<スペシャル・シングルバージョン> 上記のうち、②番がこのバージョンです

 作詞:安井かずみ
 作曲:森田公一
 編曲:戸塚 修



②番は天地真理さんが1979年に3年に及ぶ休養を経て再起された際に、消滅せずに残っていたファンクラブの皆さまに配布されたシングルCDのB面に収録されたものだそうです。A面にはご存知「ひとかかえの愛」が入っていました。

promo EP




上記でお時間のある方へ、と申し上げましたが、このような事情ですのでお手数ですが、2010年11月30日までタイムスリップしていただきたく、お願い致します。下の文字をクリックしていただくとジャンプします。

2010.11.30 第108号 「あすへのメロディー」にて









さて、今回は天地真理さんが歌う名曲「夏を忘れた海」を特集でお届けしました。


何度聴いてもしみじみと胸を打つ曲、そして真理さんの歌唱ですね。私にとってこの曲はベスト5に入るとともに、可能であればお墓に入る時に持参したいと思っている、そんな大切な曲なのです。

皆さまも、この曲をもっともっと語り継いでもっと多くの方に知っていただきたい、そう思います。

長らく、失礼致しました。















さて次回はA面6番目の曲「お嫁においで」です。

どうか気長にお待ち下さい。





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Re: Re:Re: 35th

chita さん、お早うございます。

真理さんの歌の選択についてのコメント、有難うございます。確かに1974年は真理さんにとって色々なことに挑戦できた年だったようです。「さよならだけを残して」がアルバムに挿入されたのが1973年でしたから、少女から大人への脱皮の時期と、フォークやロックへ路線変更の可能性を探って、彼女なりに試行錯誤が行われたのだと思っています。

私もこれまでは発売されたシングルとアルバム(LP)ばかりに焦点を当てて「天地真理」を考察してきましたが、それを天地真理の全貌と見るのは間違いで、いわゆる「真理ちゃんシリーズ」や今回のようなコンサートの模様など、まだまだお伝えすべきものは沢山あるのだと気づかされました。

その上で、chita さんが仰るように「操られてきた」のか、外部に発する言葉が少なかっただけなのか、も徐々に明確になるのだろう、と。でも、それをお伝えするのも険しい道のようです。

Re:Re: 35th

4月のライブトンネル2で、真理さんのロックは、聴けたのですね。貴ブログの報告にある74年3月の浅草国際劇場のプログラムに確かに「48クラッシュ」があります。
YTの「48クラッシュ」は、「1974.4.3 大阪フェスティバルホール」と書いてあるので、浅草国際と同じような構成だったのですね。

それにしても、このプログラムを見ると、構成がバラエティですね。「夏を忘れた海」もあります。今となっては、純粋に、歌うだけのショーで十分だと思いますが、真理さんも大変なエネルギーを使っただろうと容易に想像できます。

でも、このロックの選曲は、ご本人が好きな、歌いたい曲を歌っていたと思われますが、全盛期の忙しい時に、周りの評価を気にせずに、難しいハードロックに挑戦したのは、さすがに凄いですね。

今まで私は、真理さんは、単に、誰かに歌わされているだけかと思っていましたが、歌に関しては、かなり自分の主張や意見どおりに物事が進んでいったのでしょうね、実は、彼女を操っていた人は、誰もいなかったのでしょうか。
そもそも、「水色の恋」もご自身で発掘し、歌いたい曲が、デビュー曲に採用されたわけですから、やはり、ファンの皆様が言うように、根っこはフォークシンガーだったのですね。

続編「天地真理像」

スリーピーさん
僕は文系ではありません。(冷や汗)ましてや高尚などとは、、、、
デザインを生業にしています。
僕なんかより貴方の方が遥かに「天地真理像」に対して愛情に満ちています。スリーピーさんのサイトが一番読みやすく伝わりました。

折角なのでもう一つ続編のブログを載せさせて頂きます。

続編「天地真理」像
時の流れを考えてみる。前回「天地真理」像について語ってみた。その理由はあまりにも経年劣化が激しい現代に驚いてしまい、「人はここまで変われるものか?」と疑ってしまったからに他ならない。

例えば、同窓会があったとしよう。10年振りの再会だったとしよう。激変している可能性はあるが、予想の範囲内だと想う。20年ぶりなら少し事情が変わって来る。40年後となると変わらざるを得ない。変わり方は人それぞれだからとやかく言うつもりはない。

私が驚くのは「可愛いと言われた人」が激変していた場合、その落胆は想像を超える。「時間の経過が勝手にイメージを作り上げている」その為、まさかのギャップにショックを受ける。しかし土台無理な話である。40年も経てば誰だって多少なりとも変わらざるを得ない。男だって頭ははげるし、肥満になり、見る影もなく激変したりする。そして人生が顔に出る。

見た目は仕方ない。しかし性格が変わってしまうと更に衝撃は増す。「天地真理像」は性格の変化に大抵の人が驚いた。でも引いて考えてみると、ある面判らないでもない。普通の女の子がいきなりスーパースターになり、目の前の現象が一気に変わる。その結果、自分が判らないうちに「国民的アイドル」に祭り上げられた。

そしてわずか3年で一気に冷めて、流れは別の方向に向かった。気持ちを弄ばれた感覚だろう。だとしたら性格が変わっても仕方がない。自己抑制のコントロールに別のスイッチが入って自分を正当化したくなる。精神障害に陥った。

彼女のせいだけではない。周りが過大な偶像を創り上げただけなのだ。「国民的アイドル」という価値観は儚い。だからつい当時はどうだったのだろう?と知りもしない過去を暴いてネット検索を繰り返してみた。

所詮「アイドル」とは言葉通り偶像である。偶像はいつか壊れる。ではその偶像を頭から否定する行為はどうだろう?偶像には「夢」が含まれており、創造性をかき立てる。その偶像に酔いしれたい「別の自分」が居る。

あまり興味のなかった40年前のアイドルを振り返る。それによって当時の世相や一般の価値観が何となく判る。今とは明らかに違う「アイドル像」をかいま見た。その根底に流れている感情はさほど変わっていない。どこまでも「自分の投影範囲内の価値観」を写し込む。

前回も書いたが70年代は「活気があるが窮屈な時代」だったのではないだろうか、、、、、
彼女のインタビュー音源を聴いていて「もう23歳だから」とか「結婚観」とか重苦しい常識的価値観をインタビュアーが聴きたがっていた。

その質問に対して「控えめに丁寧」に応えている。あの時代は価値観がいきなり変わり出し、それまでの常識はことごとく壊れ始めた時代ではなかったか?その変わり目の激しい時代に「天地真理」は出現し、あっという間に消費されて行った。その後からはご存知のピンクレディや、山口百恵といったニュースターが次から次へと出現して来る事になる。

そして30年経ち、変わり果てたアイドルは、いきなり正面突破の攻撃を見せた。「普通のおばさん」それも「想像を超えたおばさん」として出現した。自分の事が一番判っているのは彼女自身だ。「見る影もなく劣化した自分の姿」にたくましさを加えた。「可愛い人」は儚い。周りの期待は承知の上だ。その期待に応えられない自分がいるとしたら、「イメージは壊したくない」と考える。

でも彼女は違った。「おおらか」であっけらかんとしていた。偶像だった過去を自慢げに語り始めた。人は自分の姿が変わると性格も変わるそうだ。自分の価値観は周りが創る傾向がある。「可愛い」とは罪な現象なのかも知れない。「美」とは神が降臨する現象とも言える。だから「美」は儚く気持ちをかき乱すのだろう。そして神の降臨から離れ、過去の執着をなくした。

聴く側は、あの時のままを観たい。あの真理ちゃんに逢いたいのだ。それは叶わぬ夢であり、酷な期待なのだ。彼女だって十分判っている筈だ。一番悔しいのは時間の流れであり、戻れない過去を背負った現在の天地真理像そのものだからだ。不器用な真理ちゃんは、どうしてもうまく生きる事が出来ない。その姿に愛情を注いで観れるのが本当のファンなのかも知れない。


Re: 天地真理さんに引かれている

再発見M さん、お早うございます。

天知真理に対する前向きな発言をお聞かせいただき、有難うございます。

再発見M さんは文系でいらっしゃいますか?私などには決して使えない難解な言葉がたくさん出て参りますね。このような崇高な論評がもっとたくさん飛び出すようになれば、天地真理さんの総体的な評価も高まると思います。

そのような境地に達することの出来ない私ではありますが、出来うる限りの力でこれからも「天地真理の再評価」を後押しして参ろうと思っております。有難うございました。

Re: 35th Anniversaryも味わい深い

chita さん、お早うございます。

35th Anniversary については、私も音源は有しておりますが、このブログで採り上げるか否か、検討しています。40周年の記念曲については、ファンクラブの判断で断念されたようですが、この夏にオリジナルの子守唄を収録したCDが発売されると聴いています。そちらに期待しましょう。

スージークワトロの動画をご紹介いただき、有難うございます。あの赤い衣装はこの時の姿だったんですね。実はこの1974年春の浅草国際劇場での興行は、去る4月8日のライブトンネルでも採り上げられ、私もその時の音源を保存しています。真理さんの太い地声は「君よ知るや南の国」でもロタリオ役の小山田宗徳さんとの掛け合いで経験しております。彼女の持ち味ファルセットとのギャップは大きいですね。

Re: 頑張って下さい。

再発見M さん、こんばんは

最初に申し上げますが、人間年を取るとあの時間には目が覚めているのです。で、枕元にあるパソコンの電源をふと入れたら「再発見M」さんのコメントにご返事できた、という流れなのです。朝方は中高年にとっては集中できる時間になりますね。

「再発見M」さんのご見解は表現豊かでいらっしゃって、あなたにこそ私が進めているようなブログを書いていただきたいものです。その正確な表現がきっと読者の心を掴んで、ひいては天地真理さんの和を広げることになったやもしれません。私のブログもそろそろ限界です。同じ流れの連続では皆さんに飽きられてしまっています。

でも、何故か天地真理さんの歌声には飽きが来ません。不思議なことです。その理由は「再発見M」さんがおっしゃるように「優しく響く癒し系の声」だからなのかも知れませんね。

天地真理さんに引かれている

スリーピーさん
下記の文は私があるサイトに書いたブロブです。

今 天地真理に引かれている
連日仕事に振り回されている。目の前の直近の出来事を処理する為に奔走している。忙殺される時間を過ごしていると、つくづく自分のキャパシティの狭さに失望し、能力不足を嘆く。疲れてしまい、ふと以前観たある映像がよみがえった。

その映像は「2003年のある番組」で懐かしのメロディを再現し、当時の人達にと再登場してもらい、当時を懐かしむという企画だった。その番組では昔輝いていたアイドル達が時間を経て、当時の姿を彷彿させる歌声を聴かせてくれた。ところがその中で「トンデモナイ情景」が現れる事になる。「天地真理」というアイドルが現れ、変わり果てた姿と声を披露したのだ。

世間で観たら50台、経年変化しても不思議でない。当時きれいだった人だって時間の流れに逆らう事は出来ない。晩年オードリーヘップバーンでも老いさらばえた姿を見せ、多くのファンの失望を買った。彼女達には「老い」る事は許されない宿命を持っている。彼女はその決まり事を見事に打ち砕いた。アイドルは壊れてはいけない。それは同時代性の中に生きているTVの外側に居る人達の落胆を誘う。しかし考えてみれば不自然な姿であり、自然に歳を重ねる姿に安堵感と期待感を抱くのが本来の姿な筈だ。


往年が輝いていればいる程、去り際が難しくなる。デザインも似た面がある。「一世を風靡したモノ」程、時代を経て再会しその古さに驚愕した事は何度もあった。出来上がったイメージはそう簡単に凌駕出来ない。イメージの中では「ある種の理想」が創られて行く。

アイドルも消えて行った瞬間から「偶像」が形創られて行く。当時はあまり歌謡曲には興味がなく、あまり彼女の印象はなかった。精神的に幼かった。時間を経て再び経年劣化した彼女を観、えも言われぬ感情が走った。メディアは残酷である。芸能界はさらにその残酷性をさらす事で価値を見いだしている。あの番組を思い出し、YOU TUBEで眺め直した。老いさらばえたアイドルを嘆き、叱咤するタレントもいて、明らかに優越感と軽蔑が顔に出ていた。

私はその光景を思い出し、もう一度、「天地真理」ってどんな人物だったのだろう?と検索サイトでネットサーフィンし始めた。改めて当時を振り返ってみて「何と良い時代で窮屈な時代」だったんだろうと想った。

彼女のインタビュー音源が残されている。今聴くと「ほんとに素直」「控えめ」「おとなしく可愛い」のだ。こんな受け答えはきっとプロダクションで教育されてはいる筈だが、わざとらしさは感じない。今のアイドルには決してない不器用な人間性が声から漏れてくる。この受け答えはどこかで聴いた受け答えだった。「可愛いお嫁さんになりたい」「今の仕事が楽しい」「忙しい事に感謝している」そのどれもが理想であり、無理にしゃべった印象はない。

この感覚は、今ではすっかり風化し、すり減った焦燥感の中で前を向くエネルギーが弱くなってしまった現代人。便利になった反面忘れ去られたモノも多い。しかし、最近どこかで似た響きを感じた。
そう3.11東日本大震災の後、東北の被災者の若い人達から聴いた「感謝」「優しさ」「相手への思いやりのある言葉」だった。素直でじっと耐えており、言葉は決して浮ついていなかった。日本人は集団の中で自分を捜し、確立する。

1970年代は日本は輝いていた。経済も活気があり、アイドル達も星の数程出現し、消えて行った。そんな中で彼女が初めての「隣の真理ちゃん」出現だった。アイドルが偶像化する。その姿が身近に感じられたのだ。当時決して歌はうまくないと言われた。

改めて聞き直してみた。不思議な事に国民的アイドルだった瞬間の歌には、必死さは感じるが、うまさというより素直さが際立っている。ヒット曲数が少ないため、後年はカバー曲を多く唱っている。その曲がすごく良いのだ。「癒される素直なファルセットの声」で、伸びやかさがあり、説得力があって優しいのだ。驚く程発声が正確で今ではすっかり廃れた「鼻濁音」を大事にしており、決して下手ではなかった。中学、高校と音楽系の学校を卒業し、基礎がしっかりしている印象。意外だった。そして何より「どこかで癒される優しさ」を持っていた。

勢いがあるときは人は流れに押されて冷静な価値観はない。振り返ったとき、「なんであんなモノに浮かれていた」のかと自虐の念にかられる。栄誉を掴むと、初心に返る努力を怠る。彼女の歌を聴いていて、当時の時代性と「必死さ」「優しさ」「素直さ」を学び直した。肉体を酷使し、皆に好かれようと必死に努力し、年齢相応の変化を遂げようとすると飽きられ、精神障害で悩まされ、身も心も壊れて行った彼女の姿に現代日本の断片を観た。

本来持っている原石は美しく、誰かがちゃんと導いていたら、もっと輝いたかも知れない。もっと違った形になったかもしれない。そんな事を想いながら、今再び「天地真理」を聞き直している。

35th Anniversaryも味わい深い

「夏を忘れた海」は私も、とても魅かれる曲で、当時聞いたことがなかったので、懐かしさは全くなく、現時点で素晴らしい歌だと思っています。特に、72年の最初のオリジナル版が好きです。

35th Anniversary の夏を忘れた海は、聴いたことはありませんが、YTでUPされている35th の水色の恋、恋する夏の日、想い出のセレナーデは、元気があり、味わい深く、悪くないと思います。
昨年、どのような形であれ、40th Anniversaryが出るのを私は、秘かに期待しておりましたが、それがないのが残念です。

74年4月のリサイタルで、当時流行っていたスージークワトロのロックを地声で歌うYTが最近UPされており、私にとっては初めて聞く音源であり、真理さんの太い地声に驚き、また、これも味わい深いものがあります。曲の終わりに、普通の会話の部分があり、それとのギャップも、なんとも不思議な感じがします。
http://www.youtube.com/watch?v=nNFUdUliXPk&feature=relmfu

頑張って下さい。

スリーピーさん
突然のブログ乱入で申し訳なく想っています。しかし早速の返信に驚きました。あくまで私の個人的意見なので、間違っているかも知れませんが、頑張っていらっしゃるスリーピーさんへの応援歌として聴いて下さい。

実際にプレミアムボックスを手にし、ライブ音源を中心に聴いていました。聴いていて驚くのは、ファルセットという唱法が彼女程、聴く側に響いてくれる歌手はそういない気がしたのです。世の中にはいくらでも裏声で唱う歌手はいます。平井堅だって小田和正だって見事な裏声です。彼女の声はクラッシックの高音域の伸びとはひと味違う暖かさのある伸びに感じます。聴く人が聴いたら普通の声だと言うかも知れません。しかし私には優しく響く癒し系の声に聴こえます。

普段は殆どジャズしか聴いていないのですが、ジャズボーカルはDiana Krell の枯れた歌声に聞き入っていました。それが突然の「天地真理」でした。これって何だろう?と想う訳です。どう考えても人気歌手に入れあげている「おっさん」に過ぎない姿です。それも30数年も前の人気歌手に入れあげている不思議な姿です。

最近巧い歌手はいっぱいいます。カラオケでとてもまねの出来ない高音域の声で歌い上げます。しかし、心にあまり響かないのデス。巧いのはよく判るのですが、、、、何度も聴き返す程まで至りません。それだったら物まねの「荒牧陽子」さんで十分なのかなと想ってしまいます。

かなり偏った音楽観ですが、少数派の一人として不世出の歌声を心に刻みたいと想います。しかし本当に70年代の彼女の声には何か神憑ったモノを感じます。多分同感してくれる方はそう沢山いるとは想えませんが、、、、

スリーピーさんの丹念なブログ書き込みには、頭が下がります。そして想いが深いと感じます。

残念でかつ悔しいのはその声をもう取り戻す事は不可能かも知れないという事です。彼女自身も一番悔しいと想います。出来る事ならプロのボイストレーナーを付けて再度挑戦してもらえたらと願います。声だけでも取り返せたら、また楽しみは続く気もしますが、、、

Re: 天地真理の良さ

再発見M さん、お早うございます。

このブログの全記事を読んでいただいたとは、嬉しい、と同時にお恥ずかしい限りです。

5月の連休を過ぎて、世間では5月病に冒される方が増えるらしい今日この頃ですが、私も50を過ぎた老体ながら体調の変化を感じ、記事の更新を躊躇しておりました。そんな中でいただいたコメントに随分と勇気付けられたのが本当のところです。

真理さんの9枚目のアルバムも残すところあと半分くらい。もう少しでご紹介を終えることができます。いただいた元気を貯えてもう少し頑張ってみることにします。あなたのような新規のファンが増えることを願いつつ。

今後ともよろしくお願い致します。

天地真理の良さ

「もの想う季節」のブログ全部拝見させて頂きました。あなたの「天地真理」さんに対する暖かな気持ちが伝わるファンブログだと感じます。

実は私も急に「天地真理」という歌手の声を聴きたくなり、それまで全く歌謡曲に興味を示していなかったのですが、プレミアムボックスを先月買ってしまった一人です。

何故?今頃?と自問自答しました。でもその購買動機になった理由は二つあります。一つは日本が元気だった1970年代前半の雰囲気を感じたい。もう一つは2003年の彼女の痛々しさからです。あの光景を最近you tubeで観て、どうしても全盛期を知りたくなり、中途半端なネット検索では知り得ない情報があると想って購入致しました。

私の知る「天地真理」とは違った世界がそこにありました。スリーピーさんと同じように何度も聴き返し、時代を遡って思い出していました。今まで色んなアイドルタレントさんが出現し、あまた消えて行きましたが、彼女が初めてあそこまでの「地」を出して変貌ぶりを曝したのではないでしょうか、、、私にはかなり衝撃でした。その彼女が魅力を放って唱っている。信じられない声の伸び、情感、そして独特の癒しの世界を繰り広げていました。時間の流れの残酷さを思い知らされました。

人の声は変わる。時間とともに容姿も変わる。性格だって変わる。その事を彼女が身を以て示してくれたとも取れます。辛い事ですが、人は変わる。時間とともに変貌するのです。

私はその後、自分なりに時系列で彼女の軌跡を追ってみました。そして感じた結論は、「天地真理」という偶像はある瞬間で創られ(1971~1974あたりでしょうか)、神が降臨した状態だったのではないか、、、、彼女の最大の魅力「癒しの声」「優しい普通の性格」に歌声を通じて神が乗り移ったのではないか、、、彼女には可愛そうな事ですが、その降臨した姿に「一般大衆の自分」は心打たれ、改めてその歌声の本質に感動している気がしたのです。

コンサートでのMCを聴いていてつくづくそう思うのです。「なんと性格の優しい人なんだろう、、、」20代前半の心の揺れ動きが手に取るように伝わってきます。

1984年頃の彼女はもう辛い声になりつつありました。輝きが弱くなり、辛さが目立つ姿を曝していたように感じます。

だから何度聴いても飽きないのは、降臨した姿と声に懐かしさが加わっているそんな理由からかも知れません。東日本大震災を契機に「ひとりじゃないの」の歌声が再リニューアルされました。しかし「天地真理のひとりじゃないの」には比べられない。

彼女の持つ本質的な「優しい癒しのある声と暖かい響き」は誰もまねの出来るモノではないと想います。多分それほどいっぱいファンが残っている筈もないとは想いますが、一時代を見事に輝かせた逸材である事だけは間違いありません。

スリーピーさんがブログの中で小柳ルミ子さんとの比較文を書かれておりますが、私には全盛期の光と潔い天地さん対「無理して若さと体型に執着している可愛そうな現役の小柳さん」にしか見えません。

却って可愛そうに感じるのは小柳さんのような気がします。移ろいやすい芸能界に今生きている訳ですから、大変だと察します。

長々と書きましたが、陰ながら応援しています。頑張って下さい。

Re: もう一つの夏を忘れた海

Fumio さん、こんにちは。

35th Anniversary のインディーズ版であれば、私もプレミアムボックスと同時に購入しましたし、確かに別バージョンと言えるかもしれませんね。

ご指摘のように私のブログは、天地真理さんの過去の栄光だけでなく、現在の天地真理さんをも皆さんに知っていただくことも目的の一つにおいておりますが、あのCD、そして真理さんの今の声には深く触れることを避けてきました。それはやはり、音楽として聴くに耐えない部分があるためであり、天地真理をプラス評価するのでなく、マイナスの部分をも書かねばならないことに躊躇を感じていたからです。

でも「それではいけないんだなー」とFumio さんのご指摘で分かりました。これからのプログラムにあの作品も加えて行きたい、今はそう思い返しております。でもそれには自分の中で少し整理が必要です。お時間を下さい。今回のご指摘、有難うございます。

もう一つの夏を忘れた海

スリーピーさん おはようございます!
「夏を忘れた海」は真理さんとしても思い出の曲ですね。
もう一つ別のバージョンがあります。
すみません、また持ち出してしまいますがスリーピーさんとしてもあまりふれたくないかも知れませんが、「35th Anniversary」バージョンがあります。
スリーピーさんのブログの目的の真理さんの再評価には反してしまいますが私もこのバージョンは痛々しく悲しいのであまり聴きたくありません。
しかし、真理さんはこの時でも自分の歌を大切にしている表れとして私はこのCDを大切に持っています。
先ほども再び聴いて見ました。
歌の再評価にならないですが、真理さんの歌に対する愛情の再評価として…
アイドルは自分を売る為に歌を手段として歌いますが真理さんは歌が好きで歌ったのですが世間は売るが為にアイドルに仕立て上げました。
私もそれで真理さんの大ファンになりました。
其れはそれで当然ですが、真理さんは歌が好きなのです。

それによって真理さんの歌い方が人を潤おしているのではないでしょうか。

真理さんは不器用で…と人は色々言いますが、私は真理さんは歌を愛していると言う事を一番大切にしたいと思います。

私はその上での歌の再評価をしています。
偉そうな事を書きましてすみません。
ただ、真理さんは歌を愛している事も再評価したかったので…
プロフィール

スリーピー

Author:スリーピー
真理さんを応援するブログへようこそ!

真理さんは、私の姉のよう。
私はそんな おっちょこちょいな姉を想う、おせっかいな弟かな。

このブログでは、皆さんと彼女の真価をお伝えして参ります。

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