スリーピーの山紀行「燧ケ岳登山」編




【 通算262号 】


10月31日(水曜日)

今回は久しぶりに一面をお借りして「スリーピーの山紀行」をお届けします。




11月を目前にした10月29日、スリーピーはこれまで一度も尾瀬に入らなかった今年1年に後悔を残さないよう、初冬の尾瀬に足を運びました。しかも「燧ケ岳(ひうちがたけ)2,354m」登山という、これまで高嶺の花と思っていた『あこがれ』を実現したくて。

一般的に、尾瀬へのハイキング/登山は10月いっぱいが限度とされ、人気コースの入り口である群馬県側の鳩待峠へのバスの運行は10月15日まで。福島側の人気コースの入り口、沼山峠へのバスの運行は10月31日までとなっています。これは標高1,500mを越える尾瀬の紅葉の見頃が10月中旬で終わるのが一つと、この頃には必ずと言って良いほど、1回目の降雪(初冠雪)があるためです。

実際、私が事前に現地に連絡を入れたところ、数日前に燧ケ岳に初冠雪があったとのことで、これから入山しようとする私に「止めたほうが良いのでは」とアドバイスいただきました。これを受けて私も一瞬の躊躇がありましたが、普段は混雑する尾瀬に対し、人かず少ない尾瀬を満喫できるのであれば、こんな絶好の機会はないと思い返し、休みの取れた10月29日に決行としました。

当日は前日深夜までの雨が上がったばかりで朝日はまぶしいものの、果たして現地の状況はどうだろう、と心配が走りましたが、朝の仕事を終えた午前7時に自宅を出発しました。平地に比べて5度は低いという尾瀬の気候ですが、厚着を好まない私は下着を一枚多めに着込んだだけの寒さ対策で、半袖のTシャツにジーンズ姿です。前日の雨ですから「雨上がりは絶対に晴れる」そんな確信のもとに軽装備を心掛けました。

今回の入山は福島県側からで、先にお話した沼山峠が尾瀬沼や尾瀬ヶ原へのハイキングの出発地点であるのに対し、燧ケ岳への登山の出発地点は沼山峠から10Kmほど手前の御池駐車場です。

map.jpg
現地の観光案内版



これまで何度か尾瀬に足を運びましたが、いつもながら「尾瀬は遠いなあ」と思います。今回も事前の調査で覚悟はしていたものの、自宅から車で140Km、時間にして3時間余り掛かりました。御池駐車場への到着は10時半。この時間は登山開始には遅過ぎるのはすぐに分かりますが、あいにく当日は強風が吹いていて、これから入山しようとする私に「止めたほうがいいですよ」と現地管理事務所の方からアドバイスをいただきました。それは燧ケ岳への最短コースを往復しても7時間は掛かり、再びこの地に戻れるのは夕方6時であるからです。この地の夕暮れは4時半から始まると聞いてしばし躊躇の私ですが「ここまで来て帰るのは100%考えられない」「行けるだけ行ってみよう」との決心から強行出発となりました。

parking.jpg
午前10時でこの数です 入山者が少ないのが分かります

plate.jpg
注意書

counter.jpg
入山カウンター



先にお話しましたように、今回のコースは燧ケ岳への最短コースで次のようです。

御池駐車場 ---> 燧ケ岳頂上 ---> 御池駐車場


しかしながら、せっかくの機会に尾瀬を満喫するにはこちらのコースが理想です。

御池駐車場 ---> 燧ケ岳頂上 ---> 見晴休憩所 ---> 赤田代・温泉小屋 ---> 燧ケ裏林道 ---> 御池駐車場


でもこちらは総行程9時間余り掛かり、今回の出発時間では到底無理なコースではあります。

road sign no.1
出発して最初の道標




出発して最初の分岐で尾瀬ヶ原へのコースとお別れです。私は左へ折れ、燧ケ岳へ4.5Km。この数字を皆さんはどう思われますか?平地であれば時速4Kmで1時間余り掛かることになりますが、登山の場合は時速2Km前後になるでしょうから、2時間から3時間の距離であることが分かります。

分岐から数分で急勾配が始まります。目指すが2,354mですので、余りなだらかでは距離ばかりが長くなる。この図式からすれば急勾配はむしろ歓迎なのですが、当日は雨上がりで普段は涸れ沢である上り口には一時の沢ができ、水が流れています。完全防水ではない私の靴は、そんな流れを避けるのに必死でした。これから半日もお世話になる靴に水を入れてはならない、そんな思いでした。


そんな中でも時折遭遇する素晴らしい木道には目を見張ります。「尾瀬国立公園」であれば政府のお金がつぎ込まれていることは分かりますが、重機が入りづらいこの地で、このような木道整備に掛かる労力の大きさを思わされます。

step.jpg
木道の素晴らしさ




そんな急勾配を30分程登ったところで、平坦な土地が現れます。それはなんと山の中腹にある湿地でした。

road sign no.2
道標と広沢田代湿原 1,756m

広沢田代2
木道と広沢田代湿原




さすがは尾瀬湿原の一角です。こんな山の中腹にも湿原があるんですね。

再び急勾配が続きます。今度は水の心配は無くなったものの、ガレキが道を塞ぐこんな感じです。

cause1.jpg
ガレキコース


それでも時折目の前に現れる美しい木道に目を奪われます。

mokudo 1




そうこうしながら更に30分ほど登ったところに再び湿原が現れます。「熊沢田代」1,954m という地名のこの湿原ですが、一歩一歩進むほどにその全貌が見え始め、まさに感動の一時でした。それはその広大さ、美しさです。

熊沢田代1
急勾配から平坦になって最初に見る木道

熊沢田代2
その先にある広大な湿原と木道

熊沢田代3
2つの池の真ん中にある道標

熊沢田代4
熊沢湿原から見る日光連山




そんな感動に後ろ髪を引かれながら、再び頂上を目指します。それから先はまさにガレキとの戦いでした。大きなガレキを避けたり乗り越えたりと、疲れから最後の頃には足が上がらなくなるスリーピーでした。

cause2.jpg
ガレキの山


それでも何とか頂上近くにまで辿り着くのが分かります。それは太陽の陽が一切ささなくなるからです。あいにく当日はガスが充満していて遠くは見えない状態。更には強風が吹き出し、私以外に誰もいないこの地で、果たして自分は戻れるのだろうか、と心細くなることしきり。数日前に降ったという雪や樹氷を見るにつけ、この山は既に冬支度なんだなあ、と思い知らされました。

juhyo.jpg
樹氷




そしてやっと頂上への到着です。

燧ケ岳には頂上が2つあります。俎嵓(まないたぐら標高2,346m-御池から4.4km)、そして、 柴安嵓(しばやすぐら標高2,356m-御池から4.8Km)です。

peak1.jpg
俎嵓(まないたぐら)の頂上

road sign no.4
俎嵓頂上にある道標


そして歩くこと15分ほどで二つ目の頂上、柴安嵓(しばやすぐら)です。

peak2.jpg
柴安嵓頂上の石碑

peak2-3.jpg
柴安嵓頂上の看板(こっちの方がいいですね)





当日は残念ながら、充満したガスのために遠方を見ることは出来ませんでした。ちょっと残念でしたが、途中で引き返そうと思ったことを考えれば、満足満足です。

到着が12時50分頃。登り始めてから2時間20分です。これはガイドブックの想定時間の3分の2。これなら最初にご紹介した9時間コースでさえ、6時間余りで走破できる計算です。さて、どちらを選ぶか、昼食のパンをかじりながら考えます。これまで登ってきたあの水浸しのコースを戻ることは既に想定外でしたので、何と9時間コースを選んでしまったのです。若気の至りと言いますか、独り身の怖さといいますか、随行人がいれば恐らく戻ることを選択したことでしょう。

決めた以上、猪突猛進である私は突っ走るしかありません。昼食もそこそこに尾瀬ヶ原への道を降り始めます。降り始めはガス充満でしたが、中腹まで降りて太陽の光を浴びた時の嬉しさは表現のしようがありませんでした。しかし、その先が大変でした。このコースは燧ケ岳から尾瀬ヶ原への裾野を降りるのですが、長いこと長いこと、呆れるほど歩きました。結局のところ、目標の見晴地区へ到着したのが午後3時ですので2時間ほど歩き続けたことになります。

road sign no.7
見晴まであと少し



更にガッカリといいますか、最初から分かっていたことですが、見晴地区は通常は人で一杯のところなのですが、当日は既に季節が終わった様相で、全ての店や案内所は閉鎖されて冬支度が済んでいました。人っ子ひとりいない、そんな状況なのです。「私は何でここにいるの?」本当にそう思ったものです。

そんな感慨に耽ってもいられません。夕刻は迫っています。4時半には暮れ始めるというこの地で、これから9km余りをどうやって帰るというのでしょう。一人で来たことを後悔する暇も無く、急いで歩き始めるスリーピーでした。


枯れ野原の尾瀬と赤田代
途中の赤田代と枯れ野原の尾瀬ヶ原

road sign no.9
見晴地区から2km地点の道標 
残り7.4Kmが疲れを誘う

road sign no.10
残り2km の地点でライトの明かりで撮影した道標




予定通り5時過ぎには足元が見えなくなりました。更には遠くで聞こえる鹿の遠吠えでしょうか?心細さは極地に。そんな時に心の支えになったのは、熊避けを兼ねて携帯電話のボリューム一杯に掛けた真理さんの歌声であったことをご報告致します。携帯電話のライトを頼りに、夜道を歩き続け、持参した携帯電話の電池5本余りを使い切る寸前の午後6時頃、やっとのことで御池駐車場に到着しました。出発してから実に7時間半でした。

足腰がガタガタの体を車のシートに横たえた時の静けさは今でも忘れません。1500m の山の上に自分ひとり。暗闇が寂しさと同時に、野生の怖さをも感じさせます。途端に車のカギを内側から掛ける自分が可笑しくなりました。持参した夕飯をお腹に詰め込み、帰途に着いたのはそれから30分後でした。




最後になりますが、この燧ケ岳へのひとり登山を記念して真理さんの曲を1曲ご紹介したいと思います。それは「オレンジ色の旅」です。この曲の背景は夕陽が沈む海ですが、ひとり旅という点で共通するものがあります。

「ひとりで山に来るなんて私はどうかしているわ。」

スリーピーのお手製でワンコーラスですがお楽しみ下さい。

[オレンジ色の旅]

 []




帰りに桧枝岐温泉の公衆浴場に立ち寄って、汗(冷や汗)を流して帰ったことをご報告して、今回の「燧ケ岳登山」のレポートを締めくくります。

苦しかったけれど記憶に残る旅でした。






さて次回は本当に 6th シングル「若葉のささやき/海にたくした願い」の1回目です。「天地真理ミュージックコレクション」の再放送も間に挟みながらお届け致します。

皆さま、どうぞ気長にお待ち下さい。









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Re: ファンになって1年・・・

hessnorth さん、こんばんは。

昨夜(1/15の夜)は仕事の疲れからか、早めに床に付き、朝までぐっすり眠れました。早めに床に入っても期待したほど眠れずに早めに目が覚めてしまうのが常なのですが、久しぶりの快眠でした。目が覚めた矢先に届いたコメントを拝見してびっくりでした。

余りに内容が濃いので「はたー、どんなご返事を書こうか」と一日過ごしましたが、利尻に登られた一文を思い出し、最近新聞で読んだ記事と重なりました。今から20年前の1993年に「北海道南西沖地震」が発生して230人余りが犠牲になった他、漁業などの地場産業が壊滅状態でしたが、地元の漁師たちが頑張って再生を試み、今ではアワビの養殖で順調な収益を上げるまでに成長した、といった記事でした。

文面では小樽にお住まいかと存じますが、稚内までは日本海沿いの道を荒波を見ながら進むのでしょうか?ご一緒したい気分になりました。そして、利尻島まで船、そして登山。夏とは言え、厳しいことに変わりはないと思います。そこまで何故に山に登られるのか?私はハイキングが高じた程度ですので、登山などとは恥ずかしくていえない部類ですのに。その辺のお話は今度ファンの集いでご一緒出来る時にお話致しましょう。

さて、名古屋でのファンの集い、古賀ミュージアム講座、そして北海道でのファンの集い、と順調に進まれておいでですね。恐らく夢見るようなこの1年間であったのだろうと思います。私も今でさえ「ファンクラブの行事が多過ぎるのでは」などと当たり前のように思えるほどに、天地真理さんの周囲は賑やかになって来ておりますが、私がファンに復帰した当時に比べたら雲泥の差です。あの当時は「私がやらねば誰がやる」位に血気盛んでしたが、今はその必要もない位に落ち着いてブログを更新することだけを考えて過ごしています。それはSさん率いるファンクラブに任せて置けるという安心感に寄るものが大きいんですね。でもそれは一抹の寂しさでもあります。それが何なのか、言葉では言い表せないものです。

でも今回の北海道でのファンの集いが、hessnorth さんのご尽力によって成功裏に終わったのをみても、まだまだ皆さまの応援は必要だと思います。私はブログだけの活動ですが、hessnorth さんには今一頑張りお願いしたく思います。北海道を興奮のルツボにして下さい。

hessnorth さんの活躍にご期待申し上げますよ。遅くなりましたが、今年もよろしくお願い致します。


ファンになって1年・・・

ファンになって1年、経ちました。
新年あけまして、おめでとうございます。
スリーピーさんのお人柄が知れる内容で、今年も楽しく読ませていただきます。

燧ケ岳登山の記事から、投稿しました者です。
その返信に、スリーピーさんから私への疑問や質問のような文がありましたので、少し、書いてみたいと思います。

一昨年の7月、北海道の北の島利尻島の利尻山に登りました。
九州長崎と横浜の友人が稚内空港へ、稚内の港で落ち会う計画で、私と家内は小樽から稚内へと日本海に沿って5時間、車で北上したのです。
宗谷岬の先端、稚内迄の長い間、家内といろんな話をします。話は自然に目的地のオホ-ツク海と宗谷岬になります。いつの間にか、「宗谷岬」のあの歌を口ずさんでいました。「流氷とけて 春風吹いて ハマナス咲いて カモメも啼いて・・♪・・」
対向車もほとんど来ないまっすぐな道をひた走り北へ・・本当にのんびり出来る車の旅でした。そのかわり、登山は厳しいものです。山が島、島が山そのものの利尻島では海岸から山頂までの1721メートルを一気に登り、朝6時~夕5時半まで、の苦しい、けれども楽しい登山となりました。
  登山から帰り数日後、車の中で歌ったあの「宗谷岬」の正確な歌詞を知りたいと、YouTube を見ました。その歌を見、閉じようとした中に、「天地真理」の懐かしい名を見つけクリック、昔聞いた懐かしい歌声が部屋の中に溢れます。そして、それは何十年か前に時を遡らせてくれました。それからは毎日、彼女の歌声を聞かない日はないくらいでした。
10月中旬、出張先での仕事の合間を縫い、名古屋でのファンクラブの集いの扉をおそるおそる開いていました。 大きなスクリーンの映像と豊かな音に包まれて、過ぎた日々を取り戻せる恵の時間となりました。さらに懇親会では親しくさせていただいた方々の話しに聞き入ることが出来たのでした。
 年が明けた2012年1月末、冬山登山の為に上京した最後の日、古賀政男音楽ミュージアムの集まりに出席。そこですばらしい音響と共に数々の天地真理の歌を楽しむことが出来ました。とりわけ圧巻だったのは、真理さん自身によるピアノの生演奏を聞けたことです。そして、更に多くの先輩ファンの方々との交わりが与えられました。そこでは、それぞれのファンとしての関わり、有り方などがあり、各々の仕方で、現在の真理さんを応援しておられる姿があるのだということを教えられたことです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
やがて、オフィシャルサイトに、ファンクラブの集いが全国各地で開催されるとの知らせが載せられました。けれども、日程と場所が中々決まりませんでした。そこで、私は、事務局(Sさん)へMailを打ちました。北海道(札幌)でも開いて欲しいと。やがて、Sさんから札幌は10月末で考慮中です、と返事がありました。これで、OKです。北海道にどれほどの潜在ファンがおられるかは全く分かりません。けれども、何人かでも、この札幌ファンクラブの集いに目に留め、必ず集まってくださるに違いない、と思いました。
近づくにつれ、いてもたってもいられなくなった私は、各放送局、新聞社などへ手紙を書きました。その中の一新聞社が、取り上げてくださることになりました。掲載の日と内容も決まりましたが、掲載予定日の前日、ある有名な芸能人が亡くなり、その人の記事で芸能欄紙面が埋め尽くされ、真理さんの記事は、写真抜き、文字だけの小さな段落となってしまいました。残念でしたが、それでも嬉しかったことは、この小さな新聞記事を見つけて、ファンの集いに2名の方が加わってくださったことです。事務局のMさん、そして真保ちゃんを囲んでの楽しいあっと言う間の時間を過ごすことが出来ました。今、旭川、十勝、札幌などに、ファンが見つかっています。事前にSさんが、私に返信してくださったMailには、50名位で真理自身が出席可能とありました。やがては、いつか、そんな時が来ますようにと願っています。
 さて、真理さんがデビューし、日本中の人々からの声援が高まり、テレビから白雪姫の映像が流れない日がないといった数十年前の頃、私は大学生、そのころの学生のほとんどはテレビのない生活でした。けれども、私は小さなラジオから流れて来る歌声を何とか聞き取るか、たまたま入った食堂などで放映中のテレビに歌番組が流れており、偶然に真理さんを発見することがあったぐらいなのでした。そんな私ですから、天地真理さんを、正面から真剣に見、その歌声を懸命に聞くといったことはなく、勿論レコードを買うというようなことは有りませんでした。そのような者ではあっても、私の耳の奥に、いや心の奥底に、あの美しい歌声と白雪姫のイメージが残像として残ったのです。
 ですから、今回、私がファンクラブに入会するというようなことは想像も出来なかったことなのです。けれど、何十年かたって、定められた今こそ、このような道に招き入れられたのだと思います。殺伐とした世に、「白雪姫みたいなこころしかない」真理さんによって歌いあげられ、天にも通じるような爽やかな歌声が、私の心に、いや多くの方々の心に改めて響きわたって来ています。これから、ずっと応援して行きたいと思っている者なのです。よろしく、お願い致します。
 そうそう、山のことをお話しするのを忘れていました。私は若い時から好きで、谷川岳にはしばしば登りました。あまりにも仕事で忙しい期間は抜け落ちていましたが、今、また新たな気持ちをもって、何かの折に行った場所の近くの山に登ろうとしています。
昨年は、主な山で、北海道・斜里岳、十勝岳、雄阿寒岳、羅臼岳、本州では、筑波山、上州武尊岳、日光白根山、浅間山などに登りました。一昨年は北海道・利尻山、斜里岳、九州・普賢岳、久住山などです。山の話は、またゆっくりお話ししたいものです。

栃木から北海道?へエールを送ります

hessnorth さん、こんばんは。

北海道にお住まいなのでしょうか?これまで栃木以北の方からのお便りをいただいたことがなかったので、感激です。しかも、山に興味がおありとのこと。二重の喜びです。

札幌でのファンの集いは、如何でしたでしょう?これまで東北や北海道に関する情報がほとんどありませんでしたので、とても興味があります。既にご存知かとは思いますが、今のファンクラブを支えている大きな力は関西以西の方々です。日本の鎖国を切り開いた御地にお住まいの方々ですから、当然ながら熱いものをお持ちなのですが、それ以外の方々は控えめで、私も含めて余り目立つ存在ではありません。

北の大地のお力をもって、ファンクラブを北から盛り上げていただければと、ご期待申し上げます。私も来年は機会があれば、東北・北海道へ伺おうとも思っています。

北海道にお住まいの方が、どうしてまた関東・東北にまたがる、尾瀬やその周辺の武尊・白根に登られたのか、また遠方までお出かけになったものだと関心させられました。北海道にも登るに値する山々はお有りだとは思いますが。

いや、そんなことはどうでも良いのです。息を切らせながら、やっとのことで辿り着くあの山頂の雄大さ、清清しさを理解して下さる仲間が増えてスリーピーは嬉しい限りです。

どうか今後とも拙いブログ「もの想う季節」をよろしくお願い致します。

始めまして

10月31日の通算262号 を読みました。
かねがね、「もの想う季節」を楽しく読ませていただいていましたが、燧ケ岳登山の記事が載り、真理さんも山も好きな方と知り、
お便りしたくなりました。
私も山が好きで各地に出かけますが、その昔尾瀬には6回ほど、そして1回ですが燧ケ岳にも登ったことがあります。
ところで、この10月には、15日に上州武尊、16日には日光白根山に登りました。数日後の10月21日には札幌での天地真理ファンクラブに参加しました。私も、山が好き、真理さんを応援しています。
札幌の集いには12名が参加しましたが、そのうち2名が新聞での集会案内で来てくださった方です。(私が、なんとか一人でも多く集まっていただきたいと願って、放送局や新聞社各社にお手紙を出したのです。そのうち北海道では最もシェアーの高い新聞社が丁寧に応じて、小さかったのですが、記事にしてくれました。これからも、北国北海道にも真理さんの歌声を懐かしむだけでなく、楽しむ多くの方が、現れてくださることを願っています。
スリーピーさんの記事の、懐かしいこと、知らなかったこと、そして新しいことなど、教えられて楽しく読ませていただいています。 これからもよろしくお願いいたします。
プロフィール

スリーピー

Author:スリーピー
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真理さんは、私の姉のよう。
私はそんな おっちょこちょいな姉を想う、おせっかいな弟かな。

このブログでは、皆さんと彼女の真価をお伝えして参ります。

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