お母さん・森光子さんを偲んで




【 通算270号 】


11月28日(水曜日)



去る11月14日に女優・森光子さんの訃報が日本国中を駆け巡りました。

スリーピーも天地真理さんとの関連で、森光子さんの業績をまとめてみたいと思っておりましたが、その後に各メディアを通じて報道される彼女の業績は私のような極々一部しか知らない者にとっては、とても恐れ多くて、この場で語ることなど非礼も甚だしい、と思うようになりました。

そんな気持ちで過ぎる日々でしたが、今週の月曜日にたまたま聴いていた「NHKミュージック・プラザ」で森光子さんを偲ぶ放送がありました。私はこの放送内容に共感できましたので、この機会を利用させていただき、ブログ「もの想う季節」としての故人の追悼とさせていただきます。

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「諦めちゃだめ」そんな声が聞こえます






それでは最初に「NHKミュージック・プラザ」11月26日放送分から、故人「森光子」さんを偲ぶ部分をお聴きいただきます。


この放送では、故人がテレビドラマ「時間ですよ」に出演された当時の歌声を採り上げて下さっています。メジャーなメディアが故人が達成された演劇「放浪記」の最多出演を賛美しているのに比べて、地味ではありますが1970年代の彼女を偲ぶ機会を与えて下さったことに私は共感できました。それではお聴き下さい。




番組で演奏された曲は次の通りです。

「街の灯り」 (堺正章)

「時間ですよのテーマ」 (山下毅雄)

「東京下町あたり」 (森光子)



そんな「時間ですよ」出演映像の一部を手持ち資料からご覧下さい。1971年の放送で、真理さんと堺正章さんの初々しさもさることながら、森光子さんも若々しいですね。







この約40年前のお姿は50歳代の頃と思われますが、番組の中での演技もとても自然で美しく、私でさえ「お母さん」とお呼びしたい心境に駆られました。





故人を評して「やさしいお母さん」という言葉が多方面から聞かれました。故人に世話していただいた人の多いことと言ったら驚くばかりで、その中の一人に天地真理さんがおられた、という表現が正しいかもしれません。



故人のそんなやさしさもさることながら、私は故人が戦時中に満州、東南アジア、中国の戦地慰問の巡業に参加された際に口にされていた「諦めない」という言葉が心に残ります。戦地の悲惨な状況下にあっても、苦しさに耐え、生き延びてきたからこそ、あの誰にでもやさしい人柄が出来上がったのだと思います。

「若いうちの苦労は買ってでもしなさい」と私も若い時分には言われたものですが、時代背景も手伝って、そんな名言通りの青春時代を過ごされた故人でありました。欲しいものが大抵のものは手に入ってしまう今の時代に、苦労したくとも出来ない、今の若者が返って気の毒にさえ感じます。そんな若者に愛をもって厳しく接することは、もしかすると本当の「やさしさ」なのかもしれません。



悟ったような最後で失礼しました。とにもかくにも「森さん、お疲れ様でした。安らかにお休み下さい」と申し上げたいです。











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