海辺まで10マイル

4月9日、本日のお題は「海辺まで10マイル」



アルバム単位で、真理さんの曲をご紹介する今回の企画、今、アルバム「童話作家」に収録されている曲をご紹介しています。


真理さんの13枚目のアルバム「童話作家」のおもて表紙と、収録の構成は次のようです。

lp_13.jpg

A面
 童話作家(ワンコーラスのみ)
 出不精のピーターパン
 返信
 ひこうき雲
 二月の風景画
 風花(かざばな)のさよなら 
 童話作家(フルコーラス)
B面
 夢ほのぼの
 矢車草 
愛がほしい
海辺まで10マイル
 一杯のレモンティー
 愛の渚




本日のご紹介は、「海辺まで10マイル」です。


この曲は、1976年12月に発売された、彼女の19枚目のシングル「夢ほのぼの」のB面に収録されている曲です。先に「夢ほのぼの」でご紹介しましたように、真理さんが1977年1月に入院となり、3年間の休業に入る直前のリリース曲です。



作詩:橋本 淳
作曲:小林亜星
編曲:高田 弘


海辺まで10マイル 急ぐことはないわ
この先の小さな店でお茶にしませんか
眠たげなまなざしが 似合わないあなた

ラジオから流れてるなつかしいビートルズ
あの頃の私たちにはあこがれがあった
素晴らしい恋人に めぐり合う夢も

幾たびか喧嘩して別れかけた二人
それなのにたよれる人は いつもあなたなの
思い出のひとコマが 胸によみがえる

夏の日のざわめきがまるで嘘のような
木枯らしの桟橋に立ち あなたに抱かれた
海辺まで10マイル ロマンスの旅ね




それではお聴き下さい。出典はスリーピー。ワンコーラスです。





夢ほのぼの




如何でしたか? もっと聴きたいとお思いのあなた、通販専用のプレミアムボックスがお勧めです。お近くの通販サイトへどうぞ。


さてさて、商売はこの辺にして、本題に入りましょう。この曲を聴いて、私の印象は「古き良きアナログの時代は、私もあこがれを持っていたっけな」「今の人、最初からインターネットに接している若い世代は、何と気の毒であろう」といった、若い世代への哀れみの念でした。

私が青春時代を過ごした1970年、1980年台。この頃はまさにアナログ全盛期、歌謡曲というジャンルが確立?して、毎日のように歌謡番組がテレビから流され、若手の歌手やアイドルが、後から後から竹の子のように湧き出てくる時代でした。海外ではビートルズ全盛であり、彼らに憧れてエレキギターに走った人、私のように出始めのアイドル歌手に目覚め、アイドル歌手に初恋を感じてしまった人、等々、テレビの向こう側でしか観ることのできない彼らは、まさに「あこがれ」であったのです。毎日のテレビから流れるアナログ音声に飽き足らず、年に一度は、お気に入りの歌手を目がけてコンサート会場へ押しかける、それもまた夢の実現でした。

ところがどうでしょう、インターネットが発達した現在では、即座に必要な情報を入手でき、憧れである歌手達ですら、ブログで自分達の思いを発信する時代。コンサート会場に出かけなくても、自宅で美しい映像でコンサートの臨場感を味わえる。憧れである彼らと、私たちの距離は明らかに近づきました。そして、「あこがれ」なるものも、意味が違ってきている、そんな気がします。それは上手く表現できませんが、漠然とした「夢」から、より明確な現実的な「目標」へと変わってきているような。ですから、目標実現の成否も、結構見通しがついてしまい、最初から諦めて、投げやりになる人も出てきてしまう。のんびりと「夢」を見ていた時代から、現実を直視する時代へと、変わってしまった。そんな気がします。

下手な表現で済みません。


さて、曲に戻りますが、大人になったこの女性は、そんな古き良き青春時代を回想して、彼の、そして二人の想い出を思い起こしているんですね。結局のところ、二人は結ばれたのかな?いつの日も青春は淡い、そして美しい想い出ですね。



ところで、この曲を発表したあと、1977年1月に入院したはずの真理さんですが、1ヶ月足らずで退院されたという情報があります。後日の回想録によれば、あの時は彼女は何ともなかった、ただ当時は、所属事務所であるワタナベプロとの折り合いが悪くなっていたので、事務所側が半強制的に入院させ、休業に追い込んだのだそうです。

当時のナベプロは、経営に陰りが見えてきたため、何とか盛り返そうとして、真理さんの仕事を入れに入れ、過重労働にと言えるほどの状態にして、彼女をこき使いました。一方、彼女は、事務所の言う、天地真理の方向性に疑問を感じ、自分の進むべき道を考え始めました。これが、彼女と事務所との確執の始まりで、次第にエスカレートして、自由にならない真理さんに対して、半強制的に休業宣言を行ったということなのです。


え、では、休業していた3年間、彼女は何をしていたの?疑問は深まるばかりですね。その辺の真実は、謎に包まれていますが、少しずつ少しずつ明らかになる日も近いと思います。

その日まで、もう少し。





次回は、「一杯のレモンティー」です。どうぞ、お楽しみに!




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Re: 元気をひねり出してください。

Shiolabo さま

その節は、応援メッセージを有難うございます。

でもこれはまさに、ミイラ取りがミイラになった、ということでしょうか?

これからも、スリーピーは真理さんがミイラになるまで頑張ります(私が先かも?)。

これかもどうぞよろしくお願い致します。

スリーピー

感涙にむせびながら・・です

正しくは・・・^^!

涙にむせびながら、邁進中であります!

Shioraboさまへ

このたびは、改めてありがとうございました。

ご忠告を頂いているのに、この軽やかさはなんなの、て。本当に不思議な感覚でした。
また、私の書いたものを、‘野趣あふれる軽妙さ’と表現していただけて・・・面映ゆく、同時にたいへん光栄です。書くことを専門的に学んだ経験のない私にまで、貴重なお時間をかけてくださる事に、もったいないと言う気持ちでいっぱいです。コメントというものはブログの信用にもかかわりますものね・・。

Shioraboさまのコメントには、宝物が、ザクザクという感じです(笑)

「難しいことを易しく、易しいことを深く、深いことを面白く、面白いことを真面目に」 井上ひさしさんの座右の銘  ・・・奥の深い世界が観じられます。
叱られるの覚悟で、最後は自分らしく! これを極めたものを私なりに表すとすれば、『粋な表現』、というものになのかなぁ、と。  ここはひとつ、大目に、大目に^^     愛でした!

(スリーピーさま。私もポツリ・ポツリ・・のコメントになりそうです。スリーピーさまもマイペースで・・ね!)

これからもどうぞ飛躍を。

愛さんへ

 本日始動前のメールチェックのついでに覗いています。
 感泣されるほどのことはないのではと思いますが、役立てていただければ当方も率直にお伝えして幸いだったと感じます。
 さきごろ亡くなられた井上ひさしさんの座右の銘にこのようなものがあります。「難しいことを易しく、易しいことを深く、深いことを面白く」。通常この言葉が紹介される場合、これで終わりなのですが、実はその続きがあります。「面白いことを真面目に」。
 これって詩の作法そのままですよ。<世界・人生の謎>をわかりやすく、しかも謎を謎として、なおかつ機知に富ませ、そして神妙なおももちで提示できなければ、文業に励む甲斐はないというものです。

 なんといっても、愛さんの文章は野趣あふれる軽妙さが最大の持ち味です。これからもその持ち味を存分に活かし大いに涙をほとばしらせて飛躍してください。

 こんな場でプライヴェート・レターを世界中に見えるかたちでやりとりしていて、いささかおもはゆいですが、管理人さんがお元気になられたみたいなので大目に見てもらいましょう。
 

書き忘れです・・

「良薬口に苦し」、この心境です・・。言葉の世界を甘く見てはなりませんね。
実際のご体験に基づく真摯なアドバイスほど(目と耳には痛いのですが・・笑)、説得力をもち、またこちらまで心地よくなるものはないなあって。本当に嬉しくてなりません。お忙しいご業務の合間に、このようにお心にかけてくださいました事、たいへんありがたく存じます。。

ありがたいです!

Shioraboさまへ

このたびは、たいへんありがたく読ませていただきました。
委縮どころか・・・ご意見を賜わることで、初めて成長できるのであり、それがないとしたらゾっとします。また私にそれなりの要因があったということに他なりません。自ら最も苦手とする事から目を背けず、それを克服するチャンスだと、ありがたく受け止めています。

私は物事を秩序立てて判断、表現することが不得手です。提示された文章を、ていねいに最後まで読み通せない傾向があり、他の方へのレスポンスにおいても、そのような面がいわゆる「行き当たりばったり的な」表現として現れているのだろうな、という自覚はありますね。おおいに!

Shioraboさまは「漢詩」の世界をご専門にされ、教鞭をとっていらっしゃった方なのですね。だからこそ、今回私へ書いてくださったことがわかりました。私は詩の世界に関しまして、基本的知識は何一つありません。「詩」は創作ではなく、完璧な法則性に基づいたリアルで厳しい世界だという事を、今初めて学習させて頂きました。ふと、思い出した言葉があるのですが、「何かを書くという行為は、それが純粋で真剣なものであればあるほど、自らの‘いのち’を削っていく作業だといえる・・・」ある方の言葉をこのように記憶しているのですが、これは詩の世界にも存在する事なのだと感じられました。

遊び心を持つという事と、混同してはならないものがある事。
物事の成り立ち、秩序というものを踏まえた上で、はじめて「遊ぶ」ことが可能な段階へ、一つ進むことができるのだ、と私なりにはこのように理解させていただきました。 先日より皆さまを「ヒヤ~リ」をさせた私にも、しっかり「ヒヤ~リ」がやって来ましたよ、スリーピーさま(笑)

このたびのShioraboさまのコメントを最後まで読ませて頂きながら、これほど的を得たアドバイスを、私は他の方のために真剣に書けるだろうか、という思いになって涙があふれてきました。
嬉しくてなりません。ありがとうございました。

スリーピーさま。私も成長できるように頑張りますよー!
これからも「本音」でいきますっ

元気をひねり出してください。

スリーピー様

 当方現在ほんとうに余裕のない状況なのですが、寸暇を盗んで貴ブログを拝見したら、とても意気消沈のご様子でしたので、励まさないといけないかなと思いました。
 あらゆる辛酸をなめた真理さんほどの人を応援しようと意気込んでいる日ごろの頼もしいスリーピーさんはどこへいったんでしょうね? なにごとも<おもいわずらうなかれ>、強い志を立てた時点で<すでに世に勝てり>なのですよ。充分におわかりとは思いますが。

 それから、愛さんへ

 ご回答たくさんいただきながら、細かにご返事できず申しわけなく思っています。しかし、全部くまなく読んでいますよ。
 ちょっとひとことだけ苦言を。もしも萎縮しそうな予感がしたら、以下は読まないでどうぞ素通りしてください。
 愛さんの書かれる文章には、言葉そのものが手を離れて自在に踊りだす傾向があります。これは危険な兆候です。率直に申しまして、どこまで真意と受けとめるべきか戸惑わせるときがあります。
 当方、実は数年前まで詩をつくることを教えていました。詩といっても漢詩なんですけど。リアリストが詩なんて、と意外に思いますか?
 仔細は省略しますが、漢詩は限られた文字数のなかで苦心して自分の思いを表現しようとします。しかも、とても厳しい法則(平仄・押韻など)があります。苦心惨憺してつくりあげてみても決められた法則のどれかにはずれていれば一箇の作品とはみなされません。かといって心にもないことを書き連ねて法則にあわせようとするのは愚の骨頂です。
 そんな作業を積み重ねるうちに、無駄のない表現がひごろもできるようになった、などという自負をするつもりはさらさらありませんが、言葉を選んでまとめようとする習慣はついたかと思っています。
 詩は<創作>ではなく、あくまで心のなかに積み重なった嘘のない思いの<表現>なのです。これはなによりも警戒して忘れてはならないことです。つまり詩とはとてもリアルなものなのです。
 愛さんご自身には、言葉が勝手に踊りだして<創作>になってしまう瞬間がおわかりなのではないかと思っています。

 ちょっとひとことと前置きしながら、いささか多めになりました。
 以上が細かにご返事できなかった要因でもありました。
 
 スリーピーさんを元気づけようと筆を執りながら、スリーピーさんが設けられたせっかくのこの楽しい空間をよどませたのではないかと懸念頻りです。
 

 

思考パターン

おはようございます~!

あららー、私がロマンティックな動画の世界を満喫してるあいだ、スリーピーさまはブルーの海を漂っていたのねー ははっ

やってくるものに偶然なんてないんだから、「悩み」に来てほしくなかったら、”思考パターンをチェックせよ”のサインなのではないのォ? 自ら発信したものを、受け取っているだけでしょ。
悩んだり、元気をなくしたり、そんな事がやって来てるなら、その逆を発信してみられたら !! 逆は・・「楽観」とか「いきいきする」とかですナ^^ 一瞬ですよ、なんでも。
要は、自分は何を見るか。何に焦点を合わせるのか・・ですよね。
例えば、「真理さんは、どんなに努力しても報われなかったかわいそうな人。だから何がなんでも自分が救いだしてあげなくてはー」、このような思いが強かったとしたら、何を引き寄せると思いますか・・。 人の‘思い’ってエネルギーにかわるでしょう。

ご自分の中に相当な迷いを持った状態で何かを書くとすれば、迷う状況がやってくるのは必然かなって。
私はね、Shiolaboさまと同じように「真理さんは過去においては完全燃焼だった。自らの気持ちに正直であろうと頑張り抜いた。」という結論に達しているから、もはや暗闇なんてどこにもないの!何かにこだわっていると、そのこだわりが返ってくるものでしょう?
スリーピーさまがどこかで発信されたことしか、返ってこないはずだから・・。 

メロンパンさんは、闇ではなく光だけを見つめて真理さんのすべてを讃えていらっしゃる方。ただひたすら一途に!毎日のように喜びと、夢と遊び心を発信されていて、ちょっとやそっとのことではピクリともしないの。 ご自分がどうあるか、それだけ。メロンパンさんの過去記事をみてみるとね、まったくコメントもなかった日々も、一人で立派に書き続けていらっしゃたんです、ご自分だけを信頼されて。
その強さがあったからこそ、今のびのびとメロンパンさんワールドを展開していらっしゃるのっ !!

解決策を追いかける前に、ご自分が発信された事をまず確認してみられるのも、いいことかも。
私は困った時はいつも、自分の書いたものを読み直してみるの。
そこにヒントや答えがぜったいにあるから。スリーピーさまもご自分の文章をゆっくり読み返してみられたら・・。そうそう、以前 「愛・つづれ織り」とカップリングの「旅人は風の国へ」ですって、書かれていたけれど、この二曲の歌詞をよくご覧になってみて・・・真理さんは何と言っているのか。「旅人は・・」このうたは次の記事のテーマでもあるのでしょう?偶然はないのだから。何かのヒントが見つからないかな・・・。 記事の更新にとらわれることなく、時にはそのような時間をとってみられることも、たいせつかも。「一杯のレモンティー」♪でも飲みながらー^^。

ワンコーラスの件も、その選択の結果は今はだれにもわからない。
CDの売り上げが伸びたとして、実際それが真理さんへの還元にどの程度つながっていくのかも、不明です。みなさまのご意見は如何でしょうか。 何ごとも焦らず、おおらかに進んでいきたいものですね・・。
ドービーはドービーが感じられるままに書いています。誰に向けているわけではなく、たまたまスリーピーさまのことばにピピピッと反応したから。  お読みいただいて、ほんとうにありがとうございます。
では、今日も良い日でありますように!!

Re: もう少しだけー

ドービー愛さん

何か最近元気が出ません。

真理さんの休業3年間と、1983年以降の真理さんをどう描こうかと考えていたら、睡眠が浅くなってフラフラです。

ワンコーラスの件は、多方面に影響が及んでいるようですね?春の風さんも悩んでいるし、メロンパンさんの営業妨害になってるのかも。

次は「愛・つづれ織」とカップリングの「旅人は風の国へ」です。

真理さんの件も、ワンコーラスの件も、ベストの解決策はなんなんだろうね?主人公である真理さんにとって、ベストの選択とは?

もう少しだけー

スリーピーさま。
ドービー愛も、もちろん時々「らくがき」させて頂けたら、とっても嬉しいですー!! ただ・・ほんとうに良いことは、読者のみなさまが、それぞれ必要な時に必要なコメントを気軽に入れてくださるようになること。これが一番理想であり、そのような連携こそがブログを活発にするのですから。ですから、意見のぶつけ合いとか、真剣勝負になることを避ける方向ではなく、大いにそれを楽しもうよって、スリーピーさまが積極的に推進されたら面白くなりそう^^。「清く正しく美しい」コメントばかり歓迎するのではなく、辛辣でも冷やかでもまるごと味わいましょうって(笑)! コメントはその「主旨」が重要なのであり、表現方法の違いで、感情的に左右されるのはもったいないっ  スリーピーさまがんばってー !! 

おはようございます~

論戦なんてしてませんよォ、私は(笑)。  できるわけないもの !
先輩に教わっていただけっ  ありがたかったなぁ、 親身になって書いてくださって。
スリーピーさま節で適当に答えられては、私まったくもって成長しないわー。
ここはすご腕のリアリストさまでなくっちゃ^^。
スリーピーさまだって真のアマチストならば、もっとドーン!と打たれ強くなられて、真理さんを本当の意味で守りぬいてくださいね。 中途半端な愛ならばいらない~って歌・・・どっかになかったっけ^^?
 
ドービー愛って・・・ なんだか、女子プロレスラーみたい^^;
さっきまでねじりハチマキで仕事だったんですよ~
スリーピーさまにとって、みなさまにとって、良い一日でありますように!

Re: 〈参考に〉の意味

ひこうき雲さま

ご意見有難うございます。

そうですね、実は私も、このアルバム「童話作家」は「ちいさな人生」と並ぶ傑作揃いですので、個々の作品について、もっとご批評が欲しかったな、とは思いますが、それはこのブログがまだ十分に市民権を得ていないと言うことかと理解しています。

「入院・休養」問題については、これ以上の事実調査を行わないということではありません。機会があれば、情報収集を行って参りますし、好評できる内容であれば、このブログでもお知らせして参りたいと考えております。

1983年以降についても掘り下げたいのですが、歌手生活については、このブログで扱えるけれども、それ以外は別ステージで採り上げた方がサイトのイメージ維持のために良いのでは、との当面の方向性です。こちらも真理さんのイメージダウンに繋がらない範囲で調べて参ろうと思っております。

ひこうき雲さま、今後ともどうぞよろしくお願い致します。

Re: おはようございます!

ドービー愛さん

お早うございます。

昨夜はぐっすり眠れたようですね。

この度の、Shiolabo さまとの論戦は見事でした。彼はこれから忙しくなるそうですので、適当に応えるスリーピーが相手では力不足でしょうが、懲りずにお出で下さいね。

〈参考に〉の意味

スリーピーさま

私が提供したのはあくまで、ひとつの資料としてです。真理さんが今の時点で、過去を振り返ることを好んでおられないかどうかは私にはわかりません。
私はせっかくアルバム『童話作家』を取りあげていただいたので、これらの歌をみなさんどう聴かれたのか、そんなコメントを興味を持って期待していたのですが、残念ながら少し違う話題で埋まってしまったようでした。私自身の聴き方は自分のサイトで書いていますので、なるべくコメントは控えていたのですが、あのコメントを書いたのは、メールの最後に書いたように「事実」というのはとても厄介なものだということを言いたかっただけです。真理さんの話を引用したのもそれが真実だということではありません。真理さんは、自分の人生について言い訳のようなことは言わない人です。たとえばキャバレー出演にしても、ポルノ出演にしても、それは自分が選んだこと、と言っていますね。だから、自分で言っているから本当だろうとはならないのです。私がそれを資料として提供したのは、事実は多面的に見なければわからないということを言いたかっただけです。ですから、「入院・休養」問題について言えば、今の時点で少なくとも私のもっている情報ではさまざまに矛盾したものがあり、単純に結論できるものではないと思っているということです。
しかし、かと言って事実を追及することが意味がないということではありません。むしろこの問題はぜひ真実を知りたいという気持ちは強くあります。なぜならこの「入院・休養」はその後の真理さんの人生にも長く影響を与えているように思えてならないからです。しかしだからこそ、それは簡単に結論を出していいものだとは思えないのです。
くどくなり申し訳ありませんでした。

Re: 参考に

ひこうき雲さま

真理さんの休業中について、情報のご提供、有難うございます。

Shiolabo さまからの情報と照らし合わせてみますと、かなり当時の状況が見えてはくるのですが、結局のところ、真理さんは、過去を振り返ることを好んでおられない=明らかにしない方がいい、という構図になりますでしょうか?

おおらかな真理さんが精神を病むほどに、疲れてしまったことは、余程のことであった、と言えるでしょう。

そうであれば、これ以上の追求は意味を成しません。ただ私の中では、当時の芸能界に飲み込まれてしまった真理さんは、疲れ切ってしまった、と理解しておきたいと思います。

ひこうき雲さま、今後もこのような情報交換の場を、互いに提供できたらと願っております。有難うございました。

Re: 休止時代の生活。

Shiolabo さま

休止中の真理さんの素行調査や、ドービー愛さんを相手にした論戦を、興味深く読ませていただきました。わたしのブログが、挿絵や歌詞の羅列で誤魔化しているのに対し、Shiolabo さまのご投稿内容は、まさに論文そのもので、私が大学の卒論を適当に誤魔化してきたことがバレてしまったかのようで、お恥ずかしい限りです。

80年代の象徴となった、ダン池田氏の芸能界からの脱出は、今でも記憶に新しいですが、確かにあの頃の乱立振りは異常でした。真理さんは、そんな芸能界にあっても実力を伴った歌手であったのですが、それが未だに十分に評価されていないのが残念でなりません。私のブログがこの意味で少しでもお役に立てれば幸いです。

休業中の真理さんについては、本当、ご説明をいただき、自分の中での真理さんが整理できました。やはり「病んでいたのか」が正直な感想ですが、一方、事務所との確執は、この場でお教えいただき、新しい知識となりました。有難うございました。

残るは、83年の「私が雪だった日」以降の真理さんですね。仰るように、ブログで採り上げることはなさそうですが、私自身の疑問点として、真理さんを正しく理解したい、というスリーピーの願いとして、いつの日か、触れる機会を作っていただきたいな、と思います。勿論、他力本願100%でなく、自分でも調査いたしますけどね。

最後に、論戦を交えた「愛さん」について。彼女は私たちのキューピッドです。男性女性関係なく、幸せを運ぶミツバチとでも言いましょうか。今後とも彼女共々、よろしくお願いします。

ちょっとした発見。

スリーピー様

いま、休み時間になったので覗かせてもらっています。

冗談がきつかったので、ショックを受けられたのではないでしょうか。
おわびのしるしに、たまたま youtube 上で「アタック真理ちゃん」の映像のほんの一部分を発見しましたので、お知らせします。
 ↓
http://www.youtube.com/watch?v=eLhVWi5bs_k

 この動画の末尾あたりで数秒映っています。

おはようございます!

ナベプロより酷なスリーピーさまへ

Shiolaboさまは、私が直観した通りたいへんご誠実な方。
あざやかに、まとめてしまわれたものー!
記事を書かれる前にコメントが先にきちゃった・・って こんな展開、アリ^^? 楽しいな!

休止時代の生活。

スリーピー様

 ひこうき雲さんからの真理さん活動休止の原因に関するコメントを拝見しました。確かにご本人が「なんともなかったの」と述べていたとしても実際に「なんともなかった」かどうかは定かではありません。思い出したくないこと・忘れてしまいたいことは軽々しく口にはできないものです。昨今も自供の意義が問われる冤罪事件がありました。法的には物的証拠がない限り自供そのものも価値がありません。もしもいま、真理さんご自身にお尋ねしたとしても、正確なお答えをいただけるかどうか。当方としましては、ご本人が伏せておかれたいことなのだと判断し、以後あまり無理な追究しないこととします。

 復帰会見が活動再開前の1979年6月7日に行われました。その際、休止期間中にどのようにすごされたのかについて、その片鱗をうかがわせる発言をされています。「学生時代の延長みたいな、映画へ行ったりとか、コンサートへ行ったりとか、買い物に行ったりとか、美容院行ったりとか、それに水彩画をかいたり、京都に独り旅もしました。ごく平凡な生活をしていましたよ。」「……(テレビを観るとき)洋画劇場と歌番組のどっちがいいかといえば、洋画劇場を見ましたね。でも、焦りを感じたということではないんですよ。昔の私もそうだったけれど、みなさん、がんばってるなって感じだけで。」「私、ずうっと〔東京音楽学院で〕レッスンを受けていたんです。そんな時とか、街を歩いていて、「天地真理さんですネ」と、ファンの方に声をかけられた時なんか、あ、私には歌しかないな、とすごく思いましたネ。」「今は50キロ弱になりました。ここまで落とすのに、ずいぶん時間がかかったワ。ケーキを食べないようにしたり、ゴハンを食べないようにするとか、それにダンスで汗を流したり……」

 どうでしょうか、スリーピーさん、これでご満足されましたでしょうか。(しかし、ご本人の発言だからといって確実ではないと疑えばきりはないわけですけど。)
 1978年9月から復帰準備を開始された真理さんの所属は、渡辺ワークショップで、ナベプロそのものからは離れましたが、同社の傘下事務所です。

 愛さんにお伝えしたメッセージをまとめるにあたって、当方の蓄積もかなり整理できましたし、当方なりの<天地真理>像を明確にすることができました。いささか多忙となってきたため、以後頻繁には書き込みできないとは思いますが、これからも自由に意見をぶつけあえる場を提供されつづけますよう切に願っています。

 ファンの集いにもいずれ参加できればよいのですが……。当方、独立事業者(つまり「ソロ活動」笑)ですから、すべて自分で管理してこなさなければならず、まことに薄氷を踏むような余裕なき日々をすごしています(本日も早朝からか行動開始。)。そういった大変な「ソロ活動」を真理さんに期待したりするスリーピーさんは、ナベプロ以上に酷な存在です。

復活とは

スリーピーさま・・
BBS、拝見しましたよ-^^ ありがとうスリーピーさま。

ただ一つね、私はちょっと意見が違うところがあって。
「心無いファンからもう一度舞台に立って・・・」ってとこ。「心無いファン」ってとこ !! これはモンダイ発言っ 時々「理系」なんだから・・もう。 男性にはなかなか理解しずらい、女性ならではの応援をそんなふうに言うのォ? スリーピーさまは。同性だからこその共感、エールの届け方があるのですよー。

女性はね、男性が考えているより遙かに前向きで、たくましいものなんです。 今は何一つ状況が整っていなかったとしても、可能性の片鱗も見えなかったとしてもね、それが心からの願いだとしら、信じることで道が開いていくことがある、自分で限定さえしなければ、いわゆる奇跡的な事が起こり得ることを、感覚的に知っているのが女性というもの・・。 計算ではない世界といえますね。

だからまだ、決めつけないでほしいの、真理さんのお気持ちを。
ご本人の心の中にしか、ほんとうの答えはないのだから。

真理さんが本当の答えを口にすること・・それができた時、それこそがこの方のほんとうの復活だと、私は願っているの。 男性ファンならではの応援、女性ファンならではの応援、それぞれの良さを活かし合って進んで行けたらいいですね。

追加です・・

こんばんは。 
Shiolaboさまよりいただいた「完結」編、私はラストの部分ー「そんな80年代、・・(中略)・・・ファンを当惑させることはなかったのです。」 ここを読み忘れていた事がわかったため、追加させていただきます。

<性>のない <地上的でない> 存在であった・・ これは、透明感をもつ、俗世間にまみれていないイメージに包まれていた、と言い換えられるでしょうか。 80年を境に、そのような特別な存在であった真理さんの、歌手としての存在価値が急速に薄れゆくなかで、ご自分のあり方を模索する日々であったこと。またその選択肢はあまりにも少なかったと言えるようですね。 現在の心優しいファンの方々は、この時期の真理さんの力になれなかった事を申し訳なく思われているのですね・・。 これは誰がどうのではなく、やはり一つの時代のはざまで、起こるべくして起こった事、そう思われます。

さて、真理さんのその後の選択、身の処し方に関して公言はタブー視されているわけですね。この頃の心境は真理さんご本人しか判らないわけですが、あえて私なりの想像を書かせていただけるなら、このような表現になるかと・・・「ベールに包まれていた白雪姫も、ずいぶんホコリをかぶったものだわね・・・ 失ったものもたくさんあったけれど、私はやっぱりこの世界が好きなんだと思う。人と出合うことが好き。今の私に恐いものなんてないもの。だったら思い切って冒険してみようかな・・? 全部さらけだしてみようかな・・?」
真理さんは潔ぎよかった。そして精一杯のことをされたんだなあ、という感想を私は抱いています。
お読みいただいてありがとうございます!

安心

今回Shiolaboさまへのお返事を書く事はとても楽しいものでした。このようなやりとりは通常多少の緊張を伴うものですが、それがなかったのは、まず初めに揺るぎない結論をお持ちだということが解っていたからです。「天地真理さんは過去において、立派に完全燃焼したのだ」、と。
ああであれば、こうであればと、後悔の念にとらわれている方がお相手だと、かなり慎重に表現方法を考慮しなくてはなりません。Shiolaboさまはプラス発想的な持論がお有りなので、こちらも安心して思うまま進めさせていただきました。 ただこれ・・もし私の勘違いであればご一報ください (笑)

このブログが、天地真理さんを優しく包む風、そして力強い追い風となるように・・・そのような願いをこめて気ままな書き込みに走り回るドービーであります^^。

<芸能の時代>の終焉

Shiolaboさま。

このたびのご説明のために、貴重なお時間をお借りすることができて、たいへん嬉しくありがたく存じます。
80年代以前のアイドルの存在感とは、現在のように同じ人間同志としての共感というものではなく、なかなか届きそうで届かないあこがれの存在、神聖な、高嶺の花、と呼べるものだったこと。アイドルとは光溢れるまぶしい存在であり、一人一人のなかでそのイメージは極限まで美化されていたのでしょう。これが天地真理さん、小柳ルミ子さん、南沙織さんたちの時代ですね。・・ここまで書いていると、今FMラジオで「若葉のささやき」が流れてきました ! 
80年代に入ると、欲しいものはある程度簡単に手に入る時代となり、アイドルの世界も特別視されなくなってきたこと。その結果アイドルの量産、消費ともいえる状態へ様変わりしたということですね。
それは、専門技術でアイドルを支える、いわゆる職人の方々の質さえも貶めていくものであったと。

現在の視点から申しあげれば、それは良い悪いではなく、やはり避けられなかった波、時代の変遷による‘業ーなりわい’の現れだったのかなという感想を、私なりには抱いています。

現時点ではこれぐらいしか書けませんが、Shiolaboさまへのお返事になっているでしょうか?
お返事を書く過程であらためて気づくこともあり、満喫させていただきました。 すべてのコメントをお読みくださり、ありがとうございます。 今嬉しい事に!コメント送信の認証用キーワード、なんとんと「7777」が表示されていますー☆

Shiolabo さま ひこうき雲さま

Shiolabo さま ひこうき雲さま

今朝ほど、相次いで、Shiolabo さまと、ひこうき雲さま からメールをいただき、スパムメールとの判定のため、送信できない由。早速、調べましたところ、たくさんのメールが拒否されておりましたので、私の判断で必要なコメントについて拒否解除を行いました。自動設定とはいえ、ご迷惑をお掛けしました。今後にこういうことが無いように、設定を変更します。もし、このような問題があればご一報下さい。


以下、ひこうき雲さまのご投稿です。

> 真理さんの入院、休養について話題になっているようですが、私の認識と少し違うところもありますので、参考のため少し資料を上げておきます。
>  まず、三年間の休養中に週刊誌に盗撮された写真があります。(ここには直接画像を掲げませんが割とよく知られた写真です)そこに写っている真理さんは異常に肥満して明らかに病的です。これが「3年間どうしていたか」の一つの答えになるかと思います。(もちろんずーっとそうだったわけではありませんが)
>  次に後日の回想録によれば、「あの時は何ともなかった」と言っているということですが、たしかにそういう発言もあります。しかし次のような発言もあります。
> 「あの時のこと?ウフフ、忘れちゃったわ。やっぱり疲れちゃったんです。ラジオに出ても泣いちゃったりとかしてしまって・・・。もう精神的にも本当に疲れていたとしか言いようのない状態だったんですね。(中略)でも、もう昔のことなので細かいことは全部忘れちゃいました。今は過去を振り返ってもしょうがないじゃないって感じかな」
> 忘れちゃいたい過去だから「何ともなかった」と言っているのではないでしょうか?
>  もうひとつ、当時真理さんのもっとも身近にいた人の一人であるCBSソニーの酒井政利プロデューサー(当時)は「世間のイメージが崩壊する以前に、天地真理自身が精神的に崩壊してしまった」と書いておられます。
>
> 真理さんの入院、休養をめぐっては、さまざまな説があります。しかしいずれも推測の域を出るものではありません。結局、真実は真理さん自身にお聞きしないかぎりわからないと私は思っていますし、こういうさまざまな(時に矛盾する)材料を提示することはできても、結論を下せるとは私には思えません。

続きをありがとうございます

マスメディアの世界で、国民の関心を他のものにすり替え、直視するべき現実から目をそらさせようとする企ては、現在も変わらないといえますね。(またモンダイ発言かな・・^^;スリーピーさま、私のコメントは非公開設定の方がいいかもー ハハハ)

それにしても、酒井政利氏の表現はたいへん美しいですね! <地上> <海> <天空> ですか…☆ 天地真理さんは、天空に輝くけがれなきほほえみの天使。これはあたかも、だだひとり歩むことを運命付けられたかのような、意味深いキャッチフレーズですね。

素顔をさらけ出すことが何故これほどまでにむずかしいんだろう、てそれが不思議でならなかったんですね・・。それほどまでに稀有な存在だったこと。そして今の時代では普通であることが、まったく普通ではなかった時代・・・そこからの流れであるという基本的な認識が必要だと思われます。とても勉強になります。 私はこれからも、どなたにも迎合せず、ひらめきのままに書かせていただきますね、その方が、今回のように真剣なご意見を頂けて、このことが年代にかかわらずご覧になっている方々にとっても有意義な場になると思われます。 ご意見は本当にありがたいものです。

スリーピーさま。腹を据えてくださいねっ^^・・・て、冗談。冗談。
今後はボチーボチ・・・のペースで「ゆるーく」参加させていただきたいの。ブログもスリーピー節で順調に漕ぎだして、ホッとしてます~  お読みいただいてありがとうございます!

愛さん、これにて完結です。

 80年代になりますと、いわゆるバブル期に入り、<芸能の時代>は終焉を迎えます。こう書きますと、そんなことはないぞ、という声が途端に聞こえそうですが、70年代の熱狂と比較しますと、やはりそう断定せざるを得ません。何万人もの大集団がある大物アイドルをめぐって騒ぎまくる(ファンが煩悶の末に自殺するなんていう事件もよくありました、真理さんの周りでも)傾向が衰え、細分化・個別化・小規模化の様相が顕著になります。つまり<大衆運動>ではなくなったのです。また、タレントそのものの存在感も現実離れしたものではなくなってしまい、ましてや<天空に輝く天使>といった超絶的ふれこみで世を沸かせるなどということもありえなくなりました。
 1985年にダン池田芸能界暴露事件というものがありました。これはあまり注目されていないようですが、日本芸能史上とても重要な事件です。70年代を通じてバンドマスターとして多くの歌番組を支え続けたダンは、80年代の質の低下した歌手たちに我慢できなくなり、『芸能界本日モ反省ノ色ナシ』というスッパ抜き本を著して芸能界を去ります。詳細は避けますが、同書を読むと当時の芸能界の空疎でどうしようもない堕落ぶりが手に取るようにわかります。
 そんな80年代、もうすでに歌手としての真理さんの居場所はどこにもありませんでした。さらにまた、<性>のない(地上的でない)存在であった<天地真理>が歌声を取り去ってただ単に<女>たることだけを前面に押し出して標榜することほどファンを当惑させることはなかったのです。

 以上、当時の空気を知るためのご参考になれば幸いです。

Shiolaboさまへ

おはようございます!! 

わっ Shiolaboさまからのお手紙が。しかも・・こんなにご丁寧に書かれてあり(それほど問題発言だったわけですね ^^;)、ある意味光栄に尽きます! 送信の際、まっ先にShiolaboさまより「警戒警報」が鳴らされることは覚悟の上でのコメントでした。私自身の個性的な解釈の補助として、コメントの一部を勝手に引用させて頂いたのですから。 ちょっと余談ですが・・ どうやらShiolaboさまとは対極の性質でありながら、極めて「異端」であることに共通点さえ感じられる昨今です(笑)。究極のリアリストの中に最大のセンチメンタリズムが、またその逆も然りで、究極とはその逆と紙一重といえますから。たいへん失礼なことを申し上げました。ごめんなさい・・。
 
さて、私のつたない想像力だけで書きとめているコメントを、このようにお読み頂いている事にまず感謝申し上げます。このたび 「愛さんへ」 というご指定がありますが、これは私を含む、当時を全く知らない世代の人々へのご配慮であると受けとめさせて頂きました。このような形で60年代、70年代の世相というものを、当時の時間の流れに沿って詳しくご説明頂けますことは、何よりもありがたいことです。貴重なお時間をそのために費やしてくださることにあらためて感謝申し上げます。Shiolaboさまの立場に立てば当然そうせざるを得ないわけですよね、あのような奔放なコメントをご覧になれば(笑)。

天地真理さんがデビューされた時代とは、国民がそれまで拠りどころであった政治への信頼を失い、ある意味で無力感というものが社会に漂っていた頃、という解釈でよろしいでしょうか。
そのような中で、あたかも‘ひとすじの光’のような輝きを放つ存在として、彗星のように現れたのが真理さんであったと・・。ここで「中世的魅力」、と表現されていますが、実は少し前に私もそのような感想をコメントに書かせて頂いたことがあるんですね。ブログ「一杯のレモンティー」にて。http://amhikokigumo.blog67.fc2.com/blog-entry-16.html  (このコメントの数々をShiolaboさまにお見せするのはかなりためらわれますが、もうこの際何でも来いですっ^^)
 ここで「ほほえみ」というテーマのなかで、「私自身が観じている天地真理さんとは、「男性的な性質と女性的な性質」あるいは「陰と陽」をそれぞれ強い個性として合わせ持った方であり、情熱的な大らかさと詩的な繊細さがいつも一緒だというイメージがあります。」 ・・これです。真理さんの第一印象とは、非常にあどけない清純な少女のイメージと、活発でキラキラとした少年のようなイメージとが同時に見え隠れするような感じだったのですが、これは真理さん生来の性質というより、意図的に演出された部分が大きかったのでしょうか? もちろん素地があるわけで、無理やり仕立てられたという感じではなく、素地が大いに活かされたかたちになったのかな、と。
それから最後に、ああ!タイムリーなことに私はいま、「真理ちゃんシリーズ」の愉快で楽しいテーマソングに夢中になっているところです~ 歌だけでは味わえない真理さんの魅力が、もっと身近に誰にでも感じられるように・・、そのような試みで製作された番組だったようですね。

とりいそぎ、ここまで・・・。   Shiolaboさまありがとうございました。
みなさま、ここまでお読みいただいて、本当にありがとうございます。

つづき。

 酒井政利氏の言によれば、小柳ルミ子はご当地ソングがとても上手な<地上>の歌い手、南沙織は<海>の向こうからやってきた新世界(沖縄)の申し子、そして真理さんは、<天空>に燦然と輝くけがれなきほほえみの天使、という<格付け>だったそうです。真理さんは最初から別格で、他の凡百の歌手たちと並べられるような扱いをされなかったのです。それが孤独をもたらす不幸の端緒であったのかもしれません。
 当時の社会情勢ははっきり申しまして多くの暗黒面がありました。国内での爆弾テロは頻発していましたし、列島改造の表看板に汚職政治全盛で、海外ではアラブゲリラの暴発・ベトナム戦争・文化大革命などが続いています。テレビ画面での真理さんのきらびやかな存在が、当時の為政者にとっても現実の昏迷する状況から国民の目をそむけさせるために好都合であったという側面は否めません。
つづく

愛さん、ちょっとお話を。

 愛さんへ

 ちょっとお話させていただいてもよろしいでしょうか。
 このたびお書き込みのご文章を読ませていただきました。
 愛さんはあの時代の空気に直接触れてこられなかったかたでしたか。(当方の書き込みにしてもそうでしょうが、幻想だの偶像だのといった言葉が出てくる愛さんのご意見を読まれてヒヤッと感じているオールド・ファンはさぞかし多かろうと存じます。)
 70年代は概括しますと、<芸能全盛の時代>でした。60年代における学生運動のエネルギーが<政治の季節の終焉>を迎えるなかでテレビタレントに熱中するエネルギーへと転換されてゆきます。60年代にも当然ながらビートルズ旋風・フォークブームなどもあり芸能の世界はそれなりに活況を呈してはいましたが、それは多分に反戦運動・反体制運動等の政治活動と連動したものでした(真理さんあこがれのジョーン・バエズしかり)。70年代になりますと、連合赤軍のショックングな事件の影響などもあり、若者の政治離れが激しくなり、徐々に政治と芸能との連動というものが喪失してゆきます。
 70年代を想い起こしますに、当時の多くの日本人が<政治>という語から連想するのは「危険なもの」「汚いもの」であり、そのイメージは根強く現在でも影響を残しています(真理さん全盛期はちょうど田中金権内閣の時代と重なっています。)。以前はノンポリであることが恥辱でしたが、この時代以降はそのような意識が消え始めるのです。(<政治>というものがこの世から消え去ったわけではないのに、<政治>に対する無関心が世を覆いはじめた、目をつぶりはじめた、といえば適切でしょうか。)
 そうした時代背景のもとに1971年に登場した真理さんなのですが、デビュー当時はまったくこの世を絶して人間離れしたお人形さんのような存在でした。(これ以降の記述、それはちょっと違うぞ、と思われるかたもいるかもしれませんが、ひとまず続けます。)当方にとってはまったく<性>を感じさせない存在でした。youtube 上のある動画で、中性的魅力が秀逸だった、というコメントを以前書き込んだのですが、あまり他のかたの反応が芳しくないようです。しかしながら、丹念に当時の資料を繙きますと、やはりプロデュースする側があえて中性的に仕立てあげてステージに登らせたのだとのことですし、また真理さん自身の回想でもズバリ<中性的>なイメージの狙いがあったと語っています。それから、有名な「真理ちゃんシリーズ」という番組では、ほんとうにお人形といっしょにお人形のように小劇を演じていたわけで、そういったこの世ならぬ存在に多くのファンが魅了されたわけです。
つづく

参考に

真理さんの入院、休養について話題になっているようですが、私の認識と少し違うところもありますので、参考のため少し資料を上げておきます。
 まず、三年間の休養中に週刊誌に盗撮された写真があります。(ここには直接画像を掲げませんが割とよく知られた写真です)そこに写っている真理さんは異常に肥満して明らかに病的です。これが「3年間どうしていたか」の一つの答えになるかと思います。(もちろんずーっとそうだったわけではありませんが)
 次に後日の回想録によれば、「あの時は何ともなかった」と言っているということですが、たしかにそういう発言もあります。しかし次のような発言もあります。
「あの時のこと?ウフフ、忘れちゃったわ。やっぱり疲れちゃったんです。ラジオに出ても泣いちゃったりとかしてしまって・・・。もう精神的にも本当に疲れていたとしか言いようのない状態だったんですね。(中略)でも、もう昔のことなので細かいことは全部忘れちゃいました。今は過去を振り返ってもしょうがないじゃないって感じかな」
忘れちゃいたい過去だから「何ともなかった」と言っているのではないでしょうか?
 もうひとつ、当時真理さんのもっとも身近にいた人の一人であるCBSソニーの酒井政利プロデューサー(当時)は「世間のイメージが崩壊する以前に、天地真理自身が精神的に崩壊してしまった」と書いておられます。

真理さんの入院、休養をめぐっては、さまざまな説があります。しかしいずれも推測の域を出るものではありません。結局、真実は真理さん自身にお聞きしないかぎりわからないと私は思っていますし、こういうさまざまな(時に矛盾する)材料を提示することはできても、結論を下せるとは私には思えません。

Re: 時代の変化

春の風さま

花の画像を貼らせていただくのは、その時の話題に合った画像を選んだ時、たまたまその花に当たっただけのことです。私は、真理さんの人間性を買っていますので、若々しくて可愛らしい真理さんだけが真理さんではないと思います。その意味で色んな真理さんを貼りたいのですが、残念ながら、近年の写真はほとんどありませんし、正直なところ、そんな写真では、皆さんの不評を買います。ですので、花で我慢しているという面もあります。

春の風さん、もも茶さまのご意見もございましたが、当面の発売中の音楽、映像でなければ、著作権の侵害で争議になることはまずありませんから、昔の撮りためた映像など、市場にないもので挑戦されたら、如何でしょう?あと、曲であればワンコーラスに留めるのも一手ですね。私が言いだしっぺで、ご迷惑をお掛けしてしまい、申し訳ございません。

Re: ただの思いつきとそれから・・

長文でしたね。中々の内容でした。

偶像とか、幻想が、真理さんを苦しめている。そうかもしれません。
でも、万人に「偶像を捨てて、現実の真理さんを普通として受け入れよ」言うのは、無理がありそうです。

少なくとも私は大丈夫だけれど、一般人には無理。それは、私が天地真理という人間を好きだからで、笑顔の可愛い偶像でも、幻想でもないから。

ドービーさん、あなたのひらめきも中々のもんよ。

本日、無記名でご投稿いただいた方へ

本日、昼頃に、Shiolabo さま宛てに、「出不精のピーターパン」というサイトについてのご説明をして返信をした直後に、偶然にも、その「出不精のピーターパン」というサイトで、2008年3月に、真理さんの特集記事が載ったことを、無記名で知らせて下さった方がいます。私は、自分の操作ミスで、無記名のメールができてしまったものと思い、即座に削除したのですが、あれは紛れも無く、外部の方からの書き込みでした。うっかりとは言え、削除してしまったこと、申し訳ございません。ここに再び、教えて下さったURLを記載しますので、皆さま、ご参照下さい。

http://bluemaxi.blog45.fc2.com/blog-entry-46.html

この方も、真理さんのファンでいらっしゃいますが、少々辛口のコメントは真を突いているように思います。また、サイト名「出不精のピーターパン」も、アルバム童話作家より、引用されたそうです。

時代の変化

こんばんは。
今は音楽CDが売れない時代だと言われております。
特に演歌関係は非常に厳しいようです。、
その原因は諸説ありますが、やはりネットの発展YouTubeの
出現などが大きいと思います。
それとオーディオ機器の存在も関係していると思います。
昔は音楽を聴くとなるとLP、EP、CD、テープ、FM、などを
ピュアなオーディオ機器で聴いたものです。
しかし現在は音楽を聴くのにPCを使用するが58%にも
挙がっているそうです。
それと今は一枚のアルバムを買う事よりも一曲いくらでDLする
方が多くなっているようです。
確かにCDの値段は高いと思います。
またCDを購入しなくても好きなときにYouTubeなどで視聴するが
33%にも挙がっています。
やはり時代は着々と変わりつつあるようです。
それとスリーピー様は最近「想い出の足音」の投稿で
真理ちゃんの画像ではなく花の画像を貼っていますが
これも著作権の事となにか関係があるのでしょうか?
確かに画像にも著作権があると思いますが…

ただの思いつきとそれから・・

スリーピーさま。私先ほど「港のKさま」にとっても失礼なことを書いていたみたい!昨年のファンの方々の集いでの真理さん直筆のお手紙をもう一度見たいと思って過去ログ検索してみたらなんと!お手紙紹介されていたのが「港のKさま」だったの。ご覧になっていらっしゃるとすれば大変失礼いたしました。

それで・・また思いつきがやって来たので、そのまま書いてみます。
真剣にお読みにならなくていいですからね、スリーピーさま^^これは想像力の遊びなんです~

今回のShiolaboさまのコメント・・「80年代以降について~大きな問題を含んでいると思います。 」、ここまでの記述にピッと反応しています。つまり、これがすべてなのだな・・て。先ほどの真理さんの直筆メッセージは、「・・けれどもみ~んな年をとるものです。・・・・ひとりじゃないの。思い出して下さい」このような感じだったのですが、これが真理さんからの正直なご返信ですね。人は変化するもの、誰ひとり例外なくー。「この可憐で美しい容姿と歌声は、永遠に輝き続けて変わらないものー」現在の真理さんの足かせとなっているものとは何? それはご本人さまの抱える問題という以上に、今なおそう信じて疑わない、ファンの方々の強力な集合的な意識なのでは・・。私は同じ時代に生きていないので、かつての「憧れのアイドル」が普通の平凡な人になっている事が、なぜそんなに問題なのか不思議だったんですね、それが自然なのにって。現在の容姿や歌声に過剰反応される事が理解できなくて、だから興味を持ったというかー。昨年初めて真理さんに出会い、「水色の恋」から「Everything」までランダムに聴いているわけですが、個人的には何一つ違和感を抱くことがないので・・。それで、そのような集合意識が真理さんを自由から遠ざけてきたということ。変えるべきものは真理さんというより、真理さんへの「幻想」だといえるのかも。繰り返しますが、現在の真理さんの足かせとなっている要因の一つに、ファンの皆さまが抱き続けている「幻想」があるとすれば、そこにしがみつこうとする気持ちを断ち切ることで、真理さんが身軽になるということ。その意味で、私たちが真理さんを待っているというよりも、それ以上に真理さんの方が、私たちが変化を受け入れるようになる事を待ち続けていらっしゃるのだとも考えられますね。
80年代以降の現実を見る必要のない方々はここでストップして、思い出を大切に温め続けるという選択、またそうではない方々は、中途半端にではなく根こそぎ幻想という執着を外して直視することを選択すればよいわけですね。
このコメントはすべて私のひらめきで書きとめています。普通に考えるとたいへん勇気のいる内容ですが、言論の自由に身を任せて(笑)のびのび書かせていただきました^^;もういろいろ書いてくれるなよ、とスリーピーさまが言われないかぎり、このスタンスは変わらないので、その際はハッキリ何でもおっしゃってくださいませ。・・・ね! お読みいただいて、ありがとうございます。

Re: お尋ねします。

Shiolabo さま

80年代、90年代の採り上げ方、そして、休業時代のこと。私の中で少し、整理してみたいと思います。今後の方向性を含めて。今後ともお世話になります。

「出不精のピーターパン」さんのサイトについては、かつて、同じ題名の真理さんの曲「出不精のピーターパン」に関する資料を探していた際に、偶然発見したものです。筆者はかつて、音楽関係のライターをされていたと言うことで、70年台の歌手の行く末をリポートされています。私も記憶がある、しばたはつみ、朱里エイコといった、歌手のことが気になってリンクに入れておきました。何れは、真理さんに関するリポートも登場するかもしれませんので。

関係のないリンクと仰るのであれば、削除致しますよ。

お尋ねします。

スリーピー様

 本日も当方の業務開始前に拝見しています。
 真理さん休業時代の情報もなんとか引き出そうという魂胆ですね。
 当方が知りえていることはあくまで各種媒体上に公表されたことばかりで、裏情報でも何でもありません(但し、氾濫する情報のなかで根拠不明確なものは捨てています。お伝えしているものは当方で確証があると判断できたものだけですので安心して依拠してください。)。おそらく古くからのファンで追っかけている人にとってならまったく常識のようなことばかりでしょう。当方は真理さん最盛期から持続して注目しているわけではなく、近年になって職務上の必要から70年代日本の状況を細かく調べだすようになり、その過程で真理さんの存在意義を再認識している者です。
 80年代以降について真理さんご自身が触れてほしくない、ということはないと思います。堂々と<天地真理>の名を名乗っての芸能活動なのですからなんらご本人にとっては否定すべきいわれはないはずです。当方が懸念するのはそういったことではなくて、ファンの側の認識の混乱についてです。70年代とすっかり様相が異なる<天地真理>をファンの側がいかに受けとめたのか、これは当時も現在も解消できていない大きな問題を含んでいると思います。
 いま当方の手元に1997年6月28日発行の「週刊現代」があります。これは真理さん情報を得るために入手したのではなく、たまたま知人の著書についての書評が載っているので所持していたのですが、同誌を開きますと真理さん写真集発行についての記事が数ページ載っています。控えめなサンプルが掲載されているだけなので、当方はいささか安堵しています。それが当方の率直な気持ちです。
 歯がゆい比喩を弄せば、80年代、90年代を経て、かつてのほほえみが豪快な笑いに変貌してゆくのです。当方も種々熟考しましたが、貴ブログは副題として《天地真理の歌の世界》と銘打ってますので、とりあえず歌手時代の真理さんにとどめて紹介される方針が賢明かと推察します。
 休業時代のことはいままで知りえた限りではあまり愉快なことが散見できないのですが、後日あらためてお知らせしたいと思います。

 さて、少々お尋ねしたいことがあります。
 貴ブログのリンク先に「出不精のピーターパン」というサイトがあります。ちょっと拝見して、実は当方の職務上かなり有益だったのですが、しかしながら、真理さん関連ではないようなのでどういったつながりなのか疑問を生じました。お差し支えなければご説明ください。
プロフィール

スリーピー

Author:スリーピー
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真理さんは、私の姉のよう。
私はそんな おっちょこちょいな姉を想う、おせっかいな弟かな。

このブログでは、皆さんと彼女の真価をお伝えして参ります。

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