米より体、そして「オーヴァチュア」




【 通算529号 】

2017年7月14日(金)





いやー、暑いですね!

という言葉を交わす機会が、昨年よりも多いような気がする、この数週間です。

でも、今週の初め頃から、夕立の機会が増えて、暑いながらも午後からは一息つける、そんなこの数日です。



今年の夏はスリーピーにとって例年の夏と少し変わったことがあります。それは、田んぼの草取りを止めたことです。

例年であれば、平日の朝に早起きして、1時間位は田んぼに入り、週末はその半分は田んぼに居ました。が、今年はこの5月に軽い脳梗塞を患ったのを機に、

「米より体」
「金は無くとも健康があれば」

という合言葉の元に、無理をしないことに相成りました。

それはやはりあの、右半身にシビレが走ると言う衝撃を初めて味わったのが切っ掛けでした。これまで入院するような大病を経験したことの無いスリーピーですので、半身が麻痺するかもしれない、という恐怖は強烈なものでした。

そうなれば、これまで家計を支えてきた自分が180度反対の家族のお荷物になってしまう。そう考えた時、「何は無くとも健康が一番」 そう思うようになりました。

それは間近に迫っている定年という節目を境に、定職が無くなるかもしれない、という恐れを抱えながらも、「健康さえあれば何とかなる」という割り切りに繋がり、「健康であるためには」を第一に考える、という図式と相成った次第なのです。


でも、田んぼに入らないければ、田んぼは草だらけ。頼みの除草剤も決してバカにならない高額です。

「こんなやり方で、田んぼに稲を作付けして、何の意味があるのだろう?」

と考える時もありますが、健康 と 山間地の景観の維持、という二つの大義名分があれば、世間は何とかに見てくれるだろう、と自分に言い聞かせる、この頃です。(世間の評価のために稲を作付けしているわけでもないのですが、田舎では世間体を多少気にします)





さて、前回、佐藤愛子さんの著書を2冊購入した、とご報告しました。

既に2週間経っているので、最早、読み終わっていないなどといえない状況ですので、ここで少しの読後の感想を書いてみたいと思います。

九十歳。何がめでたい

この作品は御歳92歳の彼女が、2015年の4月から、2016年の6月に掛けて連載されたエッセイをまとめて出版されたものです。

執筆時に92歳、この秋には94歳になる彼女。94歳とは、どのような心理状態、どのような体力なのでしょう? 私スリーピーが60歳を間近に、日々感じるのは、少し曲げると痛みが走る右腕、ほんの少しの中腰で痛みが走る腰、等々の痛みばかり。それに加えて、高血圧と脳梗塞の後遺症と思われる体のだるさ。

「これじゃ、60歳での再就職は無理だわ。」

と半分笑いながら納得する自分がいます。

そんな60歳前に比べて、はるか30歳以上の開きがある彼女が、文字で発する強さに関心させられます。

それは、語気の強さ、自虐的であるのに悲観的でない明るさ、大正生まれという激動の時代を生き抜いてきた経験から言い当てる世相批判、等々が文字となって一冊の本になっているのです。

私がこの作品の中で深く記憶に残るのは

「グチャグチャ飯」 と 「いちいちうるせえ」

でしょうか?

「グチャグチャ飯」では、私の生き物に対する考え方と重ねあう部分があります。基本的に「生き物は飼いたくない」という基本姿勢である著者が成り行きから一匹の犬を飼うことになり、その犬が「腎不全」という病気で本来なら長生きする筈が早めに息絶えたというお話。自分の信念から与えていたグチャグチャ飯は手抜きではありながら、当時としては的を得た栄養に富んだ食事だったのですが、忙しい彼女が与え続けたそのグチャグチャ飯をあの世に行った犬が「また食べたい」と言ったらしい。それを聞いて涙が溢れた、という顛末です。実はその食事内容は我が家のそれと同じで、我が家でも以前飼っていた雑種の犬が余り長生きせずに亡くなりました。それ以来、私も同じような心境を経て「二度と飼い犬はもらわない」と決めているのです。それは「飼うなら、良い環境で長生きして欲しい」という希望があるのに、それが実行出来なかった経験から同じ轍を踏みたくない、という恐れがあるためです。よくラジオ放送で公共機関が訴えています「命を飼う覚悟はありますか」と。

「いちいちうるせえ」では、筆者が経験した子供の育つ環境に比べて、今日のギスギスした世相に警鐘を鳴らす内容となっています。
”この国をやたらにギスギスとして小うるさく、住みにくく、いちいちうるさく感じるようになっているのは、何かにつけて雨後のタケノコのように出てくる「正論」のせい”
と筆者はまとめていますが、学校での体罰然り、教師と生徒との関係から直ぐに裁判沙汰になる昨今の教育事情を垣間見る思いです。昔はもっと大らかだったなー。







さて、真理さんの作品のご紹介です。

今回はこの季節7月にリリースされた真理さんの10枚目のアルバム「君よ知るや南の国」から、このブログでも初めてお届けする

「オーヴァチュア」

をお聴きいただきましょう。

この曲はミュージカル「君よ知るや南の国」の舞台の冒頭で流れた作品です。

それではお聴き下さい。 koshigayahonda さんの作品をお借りしてのご紹介です。











そして「天地真理ミュージック・コレクション」の再放送です。


今回は2014年11月22日に、FM軽井沢で放送された第113回目の放送です。


保志野弓子さんによる気ままな話題/トンガリ屋根の教会へ、花嫁の友だち

それではお楽しみ下さい。




<Windows Explorer, Lunascape 等のブラウザではこちらから>

音楽を聞くにはプラグインが必要です



<Google Chrome, Mozilla Firefox, Opera, Safari, 等のPC用ブラウザ、スマホ用ブラウザ, 等々ではこちらから>



このブログ上での再放送開始を受けて、このブログのインデックス的位置づけのHP「癒しの天地真理」での再放送が無くなりましたので、これまでのように、ブラウザの違いによる入口の違いも気にする必要がなくなります。

今後はどのブラウザをお使いになる場合でも、こちらの入口からお入りになれます。

『癒しの天地真理』への共通入口








「編集後記」


今月に入って、野生のサルの襲撃を受けて、サツマイモ(まだ実が付かない)のツルを引き抜かれたり、カボチャ、ナスといった果菜類が被害に合い、今年に入ってからは一度もナスを食べられない事態に至っています。この秋には、サツマイモは皆無に近く、カボチャもどれほど見込めるか不明です。

更には、恒例の父が炎天下に移植した長ネギまで引き抜かれる始末。もう、腹が立って仕方ないのですが、一時忘れるようにしています。

食べるものは他にあるし、最盛期であればナスやカボチャは安く買えますから。

彼らが人里に出て来るに至った原因はかれら自身にはないのです。強いて言えば、人間の身勝手が原因。文明の発達という、より便利、より快適を求め過ぎた代償とも言えるでしょう。

佐藤愛子さんが書いておられます。「文明が進歩し過ぎると人間性が退化する」と。

ではまた!







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Re: 無理しちゃいけませんぜ!

熊さん、こんにちは!

夜勤は辛いですね。経験者しか分からないですが、日中に寝たつもりでも短時間しか眠れず、そのまま普通の生活を頑張ってしまう。その繰り返しなので疲れが溜まります。それを1カ月も続けたら、大抵体のどこかが変になります。お歳を召されたら猶更です。

無理しちゃいけませんよ。この言葉をお返し致します。

無理しちゃいけませんぜ!

こんにちわ!熊五郎です。
ひと月ぶりのコメントを送らせていただきます。
6月25日以降本日23日までず~と夜勤でございました。
昨年も同じ時期こ行い、全然平気だった。でも今年はえらく疲れて、帰宅したとたんバタンキューの爆睡状態。一日中寝てもなかなか疲れがとれません。あと五か月で60歳、年をとったから、まさか?いやいや、若いつもりでも肉体は確実に衰えているんでございますよ。お互いに。なんせ、今日、馬の状態をみていたら、馬が急に不機嫌になり、けられると思った瞬間よけて、さけんだら、あごが外れそうになった。でも地面と喧嘩したら、もとにもどった。
びっくりポンヤ!
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